社会的立場の差による性被害

このシーンでは、サッカーの指導者と習っている教え子をイメージしています。このような例を挙げると、特にお子さんのいる保護者の方は不安に思われるかもしれません。こうした社会的立場を利用した性被害については、令和5年(2023年)に性犯罪の規定に関する法律が改正されたこともあって、最近は取り上げられることが多くなったように感じています。このことについて説明しましょう。

令和5年(2023年)、刑法では、それまで「強制性交等罪」「強制わいせつ罪」と呼ばれていたものが、それぞれ「不同意性交等罪」「不同意わいせつ罪」という罪名に変更へんこうされました。

その際、少しややこしい話になるのですが、性犯罪というのは自由な意思に基づいて決めることができずになされた性的行為であるけれども、これまでは処罰するか否か判断があいまいになっていた行為もあって、今後はバラつきが生じないように、きちんと処罰しようということになったのです。

そこで、相手が「いやと思う」「いやと言う」「いやをつらぬく」ことが難しい状態でなされた性的行為については性犯罪が成立する、と明確に示されました。

そしてこれらの、いやと思ったり、いやと言ったり、いやを貫いたりすることが難しい状態になる原因として、暴行・脅迫きょうはくを受けた場合以外にも、恐怖きょうふやおどろきでフリーズした場合、などがあるとされました。

また、上司と部下、教員と生徒のように、社会的立場の影響力も原因になると示されたのです。たとえば、生徒にとっての教員は、自分の進路をにぎっている相手ですから、もしいやだと言った場合に、希望する進路に進めなくなるかもしれない、と心配して性的行為を拒否することができない、ということがあり得ます。

このようなとき、いやだと言えなかったのだから、犯罪の被害には当たらない、ということにはなりません。

好意は返したくなる

さきほどのシーンにもどりましょう。男の子は指導者を務めている男性からけり方の技術を教えてもらおうとし、男性は快く引き受けたようです。この後で男の子は、特別に、指導者からけり方の技術を教えてもらうことになるのでしょう。

このように、習い事の指導者と教え子、じゅくの講師と生徒というような、教える・教えられるという関係以外の場面でも、人から何かを教えてもらうとか、プレゼントをもらうなどという恩恵おんけいを受ける場面があります。そういうときの、恩恵を受けた側の心理に注目したいと思います。

社会心理学者のチャルディーニは、私たちの世界には、親切やおくり物など、「他人がこちらになんらかの恩恵をほどこしたら、自分は似たような形でそのお返しをしなくてはならない」という「返報性の法則」があり、それは人に影響力を与える最も強力な武器になると述べています。