「吉原の遊女」のライバル「宿場町の飯盛女」とは?

歴史の授業で、五街道って習いましたよね? 東海道、甲州街道、日光街道、中山道、奥州街道。日本橋からスタートして、最初の宿場町が江戸への出入り口なんですが、そこで「飯盛女」、つまり飲み食いの相手をした後でいっしょに寝床に入る女性を雇っていました。

大河ドラマ劇中で田沼意次に「宿場を栄えさせるのは何だ?」と聞かれた蔦重が「女とバクチです」と答えるシーンがありましたが、あれですね。

一番賑わったのが東海道の品川宿。『吉原細見』ならぬ『品川細見』も発行されて、一番多い時はその「飯盛り女」が500人いたそうです。内藤新宿は、江戸日本橋から数えて最初の甲州街道にある宿場で、四谷新宿という今に通じる別名もありました。今の新宿1丁目から3丁目、新宿通り沿いに宿が並んでいたんです。歌舞伎町や二丁目もその名残なんでしょうか。