すべて知っているのに医師が薬を出す理由

それを知りつつ「症状緩和のため」との方便で医師が処方するのが、鎮咳薬であり去痰薬なのである。そして先述したように、その成分は市販薬ともほぼ同じ。むしろ市販薬は、あらゆる症状を網羅すべく各成分が1錠に盛り込まれている「フルスペック」。医師が個別の症状に応じて処方するのを「アラカルト」とすると、市販薬はラーメンでいうところの「特製全部盛り」だ。

つまりいかなる薬にも「かぜ」を早めに治す効果はいっさいないばかりか、症状を緩和させるという効果についても、きわめて怪しいと言えるのである。医療機関で市販薬を凌駕する「かぜ薬」など出てくるはずがないことを理解いただけただろうか。つまり、咳、痰、鼻水といった「かぜ」の諸症状は、薬ではなく時間でしか解消できないものなのである。

医師ならこの事実を当然知っているのだが、医療機関に行けば「かぜでしょうね」との“診断”とともに「ではお薬を出しておきましょうね」と医師は言い、患者さんもその言葉に納得する、という状況が常態化している。

つまり医師は自分が処方する薬が「かぜ」に効かないこと、偽薬と同等のものであることを知りつつ処方しているのである。それはなぜか。もちろんカネ儲けのためではない。たんに患者さんに納得してもらう時間がないからだ。

患者と話し、メモを取る医師
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「休んでください」と言われて納得する患者さんは少ない

さて読者の皆さんは、本稿をここまで読むのにどのくらいの時間を要しただろうか。そして納得できただろうか。

これまで縷々私が書いてきた内容を、一人ひとりの患者さんにわかりやすい言葉で相手の理解度を確認しながら語り、そのうえで「かぜに効く薬はありません。市販薬も処方薬も成分はほぼ同じ。処方薬のほうが効くわけではありません。かぜの諸症状を改善させるのは薬ではなく、時間です」と説明するには、ゆうに15分はかかる。

しかもこのような説明をされ、いっさい薬を処方せずに帰そうとする医師に納得できる患者さんは、いったいどれくらいいるだろうか。

冒頭でも述べたが、現在発熱外来には非常に多くの患者さんが詰めかけている。患者さん一人ひとりにかけられる時間は1~2分ていど。問診も診察もそこそこに検査し、型どおりの処方をするという流れ作業で人数をさばかざるを得ず、「事実」を患者さん一人ひとりに理解してもらうために、15分もかけていられないというのが実情だろう。

だから「かぜ」と“診断”した患者さんに効きもしない薬をつぎつぎと処方することになっているのだ。驚かれるかもしれないが、そもそも「かぜ」にたいする投薬は、医師の本来の仕事ではない。