「ヨーロッパというのは、変わってきているとはいえ基本的に階級社会です。生まれつき裕福な人は、自分であくせく稼がなくてもゆったりと暮らせます。一方、労働者階級に生まれた人は、多少がんばっても、そう展望が開けているわけじゃありません。それなら、毎日をそこそこ楽しんだほうがいいと考える。なぜヨーロッパ人はあくせくしないのか? それは、機会平等の日本とは違って、環境がある程度限定されていることが大きいと思いますね」

玉村豊男氏が明晰な口調でこう話す。長野県東御市にある玉村氏経営のワイナリー兼レストランのテラス席。ときおり高原の透明な風が吹き抜ける。

東大在学中にパリ大学言語学研究所へ留学し、エッセイストとしてのデビュー作は『パリ 旅の雑学ノート』。フランスを中心としたヨーロッパの文化・歴史に造詣が深い。玉村氏の描く欧州の暮らしは、現状を楽しみ、「あくせくしない」ところに魅力がある。

「ギリシャが財政破綻しそうだ、次はイタリアだといわれていますが、現地へ行けば、けっこうゆるゆると暮らしています。ギリシャでは深刻なデモが続いていますが、町のカフェをのぞけば、おじさんたちがバックギャモンで遊んでいたりするわけです。イタリアでもやっぱり男たちが町にたむろして、楽しそうにわいわい騒いでますよ(笑)」

翻って、わが日本。生活水準を比べると、ずいぶん前から欧米と肩を並べるどころか、世界最高水準に達している。教育や医療や社会保障が充実し、サービス業が発達しているので生活は便利。

ところが、それでも足りないと思うのが日本人だ。ごく普通の人がブランド物や高級車を欲しがり、海外旅行に行きたがり、高度先端医療が受けられないかもしれないといっては落胆する。一言でいえば、裕福なのに余裕がない。そして、不思議なほど人生観が暗いのである。

たしかに、いまの日本には少子高齢化や経済の縮小、膨大すぎる政府債務、年金不安などなど、先行きの見えない陰気な話題が山積みだ。とはいえ、ヨーロッパの未来は明るいのかというと、そんなことは決してない。

「たとえばフランスでも農村の疲弊は進んでいますし、失業率の高さは日本の比ではありません。仕事はない、お金はない。未来にはそんなに希望があるわけではないんです。ただ、それはそれとして、毎日を楽しく暮らせればいいじゃないかという意識は、多くの人に共通していると思います」

日本にはいまだに「一億総中流」の意識が残っているが、フランス人にはそんな考えはなさそうだ。少なくとも、上を見てうらやんだり、近づこうとあせったりすることはない。

つまり「分」をわきまえた生活をよしとする。日本の戦後民主主義に慣らされた目には異様に映るかもしれないが、そのことが、彼らにとってはそれぞれの幸せにつながっているのである。

エッセイスト・画家 玉村豊男
1945年、東京都生まれ。東京大学仏文科卒業。在学中にパリ大学言語学研究所に留学。『パリ 旅の雑学ノート』など著書多数。長野県東御市で経営するヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリーは絶景が楽しめる人気店。
(芳地博之=撮影)
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