98年の苦難に満ちた生涯を送ったルイーズ・ブルジョワ
こんなインパクトのある作品群を生み出したルイーズ・ブルジョワ(1911~2010年)とは、いったいどんなアーティストなのか。
その98年にわたった人生は波瀾万丈で、特に前半生は苦難が多かったことで知られている。
1911年、フランスのパリで生まれたルイーズは、1文字ちがいの父ルイと母ジョゼフィーヌの下で3人兄弟のまんなかの次女として育った。両親は当時の必需品だったタペストリーの修復工房を営み、事業は順調。名前のとおりのブルジョア(中産)階級だった。家は裕福で子どもは3人。ハンサムで成功したビジネスマンである父は威張っていたらしい。苦労を共にした母をないがしろにし、浮気を繰り返した。ルイーズが11歳の頃には、英語の家庭教師として雇ったイギリス人女性に手を出し、なんと、妻や子どもたちと同居させたのだ。
父親は娘の家庭教師を愛人にし、母が死んで川に身を投げた
そんな状態でもがまんして父に従っていた母は、心労もあり、かねて病気がちだったこともあり、ルイーズが21歳のときに死去。ルイーズは絶望のあまり川に身を投げて死のうとし、父親に助け出された。
ルイーズは、母を裏切り悲しませた父を憎んでいた。しかし、同時に娘として父に愛されたいという思いも捨てられず、そんな自分の矛盾に苦しんでいた。
今回、展示されている「父の破壊」(1974年)という作品がすさまじい。これは真っ赤なライトで照らされた空間の中に、家族が囲む食卓があり、テーブルの上には焼いた肉片が載っている。これは食事中、ずっと自慢話をしている父を想像の中で殺してバラバラにし、火にくべておいしくいただいてしまう妄想を表現したという。
NHK Eテレの「日曜美術館」では、作曲家の故・坂本龍一を父にもつ坂本美雨がこの作品を見て「父の破壊?」と理解できないように首を傾げ、しかし、ルイーズが60歳を過ぎてから作った作品だと聞いて、トラウマを表現して昇華するのには「何歳でも遅くないんですね」と納得した様子だった。
首のない黒い男女が抱き合う「カップルIII」(1997年)は、ルイーズが両親の性交を見てしまったトラウマから作られたものだという。親の性交を見せられるのは、現在では虐待のひとつとされているが、多感な少女時代にそんな体験もしていたとは……。
ルイーズは育った家庭環境や両親との関係では苦しんでいたようだが、27歳のときにアメリカ人の美術史家ロバート・ゴールドウォーターと知り合って結婚。ニューヨークに移住し、3人の息子をもうけ(1人は孤児を養子にした)、幸せな結婚生活を送ったようである。少なくとも、夫は暴力を振るったり、父のように浮気しまくったりするような人ではなかった。