中国が日本に向けて行うスパイ活動とは、どのような手口なのか。ジャーナリストの時任兼作さんは「ターゲットに女性を近づけ、男女の関係を持たせる“ハニートラップ”が有名だ。だが、最近はより手口が洗練し、罠に陥ってしまう公算が非常に高くなっている」という――。

※本稿は、時任兼作『密探』(宝島社)の一部を再編集したものです。

たなびく中国の国旗
写真=iStock.com/Rawpixel
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政治家が引っかかったハニートラップ

公安関係者は、これまでに物議を醸してきたハニートラップ事件についても言及した。代表的かつ有名なものとして挙げたのは本書『密探』で前述した橋本龍太郎元首相の事例だったが、ほかの政治家のケースにも触れた。奇しくも橋本が訪中していた1988年、日中交流の目的で北京を訪れていた別の政治家が罠に掛かった。

滞在先のホテル「西苑飯店」内のバーのウエイトレスに声をかけられ、誘われるがままに、甘言に乗って自分の部屋に連れ込んでしまうが、その1時間後、ウエイトレスが部屋を出た直後に中国の警察組織であり、諜報部門も持つ公安部の面々が部屋に踏み込み、摘発。事情聴取に及んだものの、政治家であることと訪中の趣旨を確認のうえ、不問としたのだった。

しかし、この一件は在中国日本大使館に伝わり、のちに警察庁にも報告された。警察庁は、在中国大使館をはじめとした在外公館に派遣される警察職員らへ警鐘を鳴らすべく、一連の事情を資料化した。資料は各公館内で密かに周知されたとされるが、似たようなことは、その後も水面下ながら何度もあったという。

大々的に露見した事例も列挙しよう。たとえば、本書で先にも触れたが、2004年には村田(編集部注:かつて諜報の世界で衆目を集めた中国の大物女性工作員)にも関係があった上海総領事館員の自殺事件が発生。この館員は、総領事館からほど近い「かぐや姫」なるカラオケ店――実態はホステスを連れ出す形での売春クラブに足を踏み入れたことをきっかけに、店をコントロールして情報を集めていた中国の公安部の手に落ちた。

“売春容疑”で揺さぶってくる

公安部は、売春の容疑をちらつかせて、館員に情報を求めたのだった。館員は、総領事館の館員すべての氏名や役割、またそれぞれが会っている中国人の氏名、さらには外交行嚢こうのう(外交上の機密文書などを入れた袋や貨物)を送る飛行機の便名などについての情報まで求められ応じたものの、次第にエスカレートして行く要求を前に、遺書を残して総領事館内の宿直室で自ら命を絶った。その後、この事件はマスコミで大きく取り上げられたのである。

ところが、その2年後、この『かぐや姫』に海上自衛隊上対馬警備所の一等海曹が通っていたことが発覚した。一等海曹の自宅からは、『かぐや姫』の女性店員からの手紙とともに、上対馬警備所周辺を航行した艦船や潜水艦の写真を集めた内部情報のコピーが見つかったのである。

また、一等海曹が無届けで上海に頻繁に渡航し、71日間も滞在していたことも判明。同様の機密情報を上海に持参のうえ、漏洩していたものとみられた事件であった。公安関係者が続ける。

「それから数年後にも、外務省高官が『北京の銀座』とも言われる王府井の高級クラブに足繁く通っていたことが公になった。軍の情報機関が関係している店だが、こうしたことは氷山の一角。ハニートラップ事件は、中国内に限らず日本国内でも秘されたまま、なおも多発している。とくに身近な国内は要警戒だ」