救済策としての基礎年金の導入
日本の年金制度の最大の弱点は、財政基盤の弱い国民年金にある。国民年金は基礎年金とも呼ばれるために混乱が生じやすい。もともとは被用者年金と別個の制度であった国民年金を、被用者年金と無理に合併させ、共通の基礎年金制度としたためだ。この基礎年金には、独自の財源はなく、既存の国民年金や厚生年金などからの拠出金に依存している。
実はこの拠出金の配分基準を、各々の制度の被保険者数ではなく、保険料を負担した実人数にもとづいていることが大きなポイントだ。この結果、国民年金で、いくら保険料の免除者や未納付者数が増えても、それは自動的に100%納付している被用者の負担、前述のSNSの言葉でいえば「横流し・横取り」で賄われるという、巧みなトリックがある。
このように、被用者年金による国民年金の救済措置は以前から存在しており、今回の国民年金の3割底上げ措置は、それをより拡大したものにすぎない。
なお、被用者年金にも基礎年金部分が含まれることから、今回の措置では被用者も得になるという説明がある。しかし、これには基礎年金給付の半分は国庫負担のため、その厚生年金に対する比率が高まれば、それだけ被用者の受給額が増えるという、第2のトリックがある。
その国庫負担は税金で賄われており、厚労省には関係がなくても、国民全体の負担増には変わりはない。安易に一般財源に依存するのではなく、年金保険としての財政の健全化には、固有の財源を確保する必要がある。
基礎年金の目的税方式化
国民年金に限らず、年金給付を増やすためには、そのための応分の負担増が必要である。国民年金給付の半分は一般財源だが、残りの半分は未納付率の高い保険料である。この保険料の代わりに、確実に徴収できる消費税の一定比率を年金だけに限定した目的税にするという大胆な構想が、福田康夫内閣時(2007年9月~2008年8月)に、官邸に設けられた社会保障国民会議で提起された。
その当時の試算では、消費税率3.5%が必要とされたが、これは「増税」ではない。なぜならそれまで負担していた国民(基礎)年金保険料が、被用者も含めて同時に廃止される仕組みだからだ。この使途を年金だけに限定した目的消費税は、事実上の年金保険料に近い性質のもので、徴収する官庁が異なるだけである。
この構想には多くの利点があった。まず、基礎年金に固有の財源ができ、未納付者が一掃され、年金財政が安定化する。国民の負担額も、現行の画一的な保険料から、個々の消費額に応じた比例負担になり、低所得層の負担は小さくなる。
被用者の保険料が半減となるだけでなく、雇用への実質的な課税である事業主負担も軽減され雇用需要も増える。この制度の導入時から全員が目的消費税の形で負担するが、過去の個人の保険料納付記録が将来の年金給付額に反映されるため、未納付者との不公平は生じない。目的消費税は高齢者も負担するが、長寿化の見返りとして、一部負担は止むを得ない。
厚労省の年金事務も大幅に簡素化されるが、それが逆に人員削減に結び付くことを防ぐためか、結果的に実現には至らなかった。少子高齢化がいっそう深刻となっている現在、この抜本的な年金改革の構想を再検討する必要は高まっている。年金制度改革では、与野党一体となって、国民の理解促進のために、多様な政策メニューの提示と活発な議論が必要だ。
ところが、年金制度の抜本改革を避けようとする政治家と、それを忖度し、国民から大きな反発が出ないような政策メニューに、最初から絞り込んでしまう厚労省との組み合せでは、今回のような「取りやすい被用者年金から財源を取る」という姑息な改正案しか生まれない。
年金制度だけでなく、医療や介護、給付付き税額控除など、抜本的な社会保障制度の改革は、個別の利害関係が錯綜する厚労省の審議会では困難である。
総理直轄の経済財政諮問会議などを積極的に活用し、改革の基本方針を定めなければならない(なお、本稿は制度・規制改革学会の提言を参考としている)。