マグロ、サケ、クジラ、タコ、カニ、ウニ…全国に供養塔が1300も
ある組合員は話す。
「クジラの命をいただいて、商売をしているわけですから、鎮魂と感謝が目的です。反捕鯨団体に対してどうのということはなく、純粋な慰霊の気持ちをもって参加しています。町における慰霊祭は、鯨類だけが対象のこのクジラ供養祭のほかに、魚類全般を慰霊する供養祭もあります。町にはそうした自然の恵みに対する慰霊の碑や行事がいくつもあります」
また別の組合員は、
「クジラの命に対する感謝を伝える場があることは有難いことです。欧米の反捕鯨団体は『慰霊する気持ちがあるなら、捕らなければいいじゃないか』と反論しますが、そういう問題ではない。これは日本人独特の感性に基づく供養文化であって、この感覚は彼らには理解できないのでしょう」
などと心境を明かしていた。
町内には順心寺と東明寺の、いずれも臨済宗妙心寺派の寺院がある。例年4月29日はクジラ慰霊祭、8月24日には魚供養祭が、1年ごとの順心寺と東明寺の持ち回りで実施される。
東明寺の境内には「鯨供養碑」が残されていた。1768(明和5)年建立のもので、当時、捕鯨に従事していた漁師が慰霊のために建てたものだ。
碑にはクジラの殺生の罪が許されることを願って、皆で法華経を唱えたと刻まれている。さらに江戸時代の捕鯨では、クジラを仕留める時、漁師たちは「南無阿弥陀仏」と唱えたという。先述の仙崎の鯨の弔いにもみられるように、太地町でもクジラが妊娠していた際にはとくに手厚く経を唱えたという。先の組合員はいう。
「組合員はいのちに対しては、とても意識的です。日常的に写経している組合員もいます」
太地町の恵比寿神社に行けば、鳥居がクジラの骨で作られている。集落の至るところにクジラの弔いの痕跡を見ることができる。
全国に目を転じれば、海洋資源の供養塔は、クジラ以外にもいろいろある。「魚類」としてひとくくりに祀られているものもあれば、タイ、サケ、マグロ、ブリなどの魚種ごとに供養されているものもある。魚ではないが鯨類やウミガメ、タコ、ナマコ、カニ、ウニなどの碑もある。日本は供養のオンパレードなのである。
日本にはいったい、魚介類の供養碑がどれほど存在するというのだろう。
『魚のとむらい 供養碑から読み解く人と魚のものがたり』(田口理恵編著)によれば「水域の生き物」の碑は確認されているだけで1300基以上にもおよぶが、実数は定かではないという。
「生きるための殺生」に対する贖罪や感謝の念。これは、資源の持続可能性を議論する上でも大事な要素である。必要な分だけをいただき、必要以上は取らない。供養は「戒め」であり、それが自己抑制につながっているといえる。