※本稿は、奥窪優木『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
ごく普通の大学生が職業として「転売ヤー」を選ぶまで
「秋葉原のヨドバシカメラに9時までに来れますか?」
都内に住む男子大学生SがそんなLINEのメッセージで目を覚ましたのは、2022年3月下旬、土曜日の朝7時半のことだった。授業のほとんどがリモートになって以来、これほど早くに起床することがなくなっていた彼は、メッセージの送り主に気づくまでに数秒を要した。
メッセージを送ってきたのは、1カ月ほど前にSがたまに覗くLINEのオープンチャット上のカメラ関連コミュニティで、求人募集を連投していた人物だった。
オープンチャットとは、LINEのアカウント名やIDを知られることなく、参加者同士が匿名でコミュニケーションを取ることができる掲示板のような機能である。
「経験不問 商品仕入れの簡単な補助業務 即金でお支払い」
コミュニティの会話の脈絡と無関係に書き込まれる投稿に反応する者はいなかったが、Sは興味をそそられた。アルバイト先の飲食店から、新型コロナによる時短営業を理由にシフトを削られ、収入減に陥っていたからである。興味本位でその投稿に記されていたリンクをクリックすると、『曹宝』と名乗るLINEアカウントに繋がった。
「アルバイトの件に興味がありまして」とメッセージを送ると、すぐに「既読」が付き、数分後にはこう返信があった。
「ヨドバシのクレジットカードは持ってますか?」
LINEのオープンチャットで「闇バイト」に誘われる
曹宝が言っているのは、ヨドバシグループの「ゴールドポイントカード・プラス」のことである。
しばしばカメラ用品を購入するSは、入会費も年会費も無料のこのクレジットカードの会員になっていた。おそらく曹宝も、カメラ関連コミュニティならこのカードの会員も少なくないだろうと踏んで、投稿をしたものと思われる。
会員であることを告げると曹宝からは、
「ヨドバシカメラで商品を代理購入してもらう仕事です。1時間以内に終わります。報酬は1万円です」
と送られてきた。
なんとなく怪しさを感じ、返信せずに曹宝とのやり取りを終えた。先方からもそれ以上のメッセージが送られてくることはなかった。