チェーン店に押され、昔ながらの食堂がどんどん姿を消していくなか、日光橋食堂はSNSを通して「#トラック野郎の聖地」として語られるようになる。2017年には名古屋港沿いに「レゴランド」ができたことで行楽帰りの家族客も多く訪れるようになり、客層も広がった。
光利さんは現在58歳。彼の代で食堂は幕を下ろすのだろうか。
「息子が今餃子屋で働いていて、休みの日にはうちの手伝いに来てくれるんです。でも、こちらから『継いでくれ』とは言いません。自分からやりたいと言わないと、何かあったときにどうしても被害者意識が出てきてしまいますから」
終始穏やかだった光利さんが、そのときだけは意識して表情を引き締めたように見えた。かつて「戻ってこいとは頼んでない」と告げた武男さんも、同じ気持ちだったのではないか。そう感じ、「お父さんも、同じ気持ちだったのかもしれませんね」と伝えた。
「そうか……そうかもしれませんね。なんか、考えるきっかけをもらったような気がします」
光利さんは相好を崩して汗をぬぐった。
ていねいに包んでくれた「どて煮」を抱えて
【助手席のどて煮】フリーライター、宮﨑
現在店の一番人気は、スタミナ焼きそば定食。光利さんに勧められ、テレビ番組で何度も紹介されたその定食を食べてみた。
熱々の鉄板の上でジュージューと音をたてながら運ばれてきた大盛りの焼きそば。真ん中には半熟卵が乗っている。強いニンニクのにおいが食欲をそそった。しかし、かなりのボリュームだ。サイドには白飯と味噌汁まで添えられている。40を過ぎ、食欲のピークをとうに過ぎた胃袋に全て収まるだろうかと不安になりながら、割り箸を割った。
鉄板の上の焼きそばを箸で持ち上げ、ホカホカの白飯の上に乗せてから口に運ぶ。ソースの暴力的な味に身構えたが、思いのほかまろやかで優しい味だ。もう一口と、今度は半熟卵を割って、焼きそばに絡ませた。外食でよく食べるような、強く速い味ではない。自宅で、家族の好みに合わせて作るような、懐かしい味だった。
「よく食べましたねぇ」
光利さんが嬉しそうに話しかけてきた。気づくと少しの味噌汁だけを残し、焼きそばも白飯もなくなっている。「サービス」といって、どて煮を2本追加してくれた。口の中に入れればすぐにとろける牛すじ。味噌の味も強すぎず、出汁の深みを感じる。
名古屋出身の夫が、いつも家で作ってくれるどて煮の味を思い出し、テイクアウトで2本追加してもらった。今から高速を飛ばして帰れば夜8時。そこから夕飯を作るのも面倒だ。
千円払って、おつりが来た。移動中に汁が漏れないように、愛子さんがていねいに包んでくれたどて煮を受け取った。
青いのれんをくぐって外に出ると、すでに日は沈んでいた。食堂の窓からは、温かい光が漏れている。京都ナンバーの大型トラックが店先に停まり、運転席で男性が目を閉じていた。
自分の車に乗り込み、自宅を目指す。再び大型トラックに囲まれながら、2時間のドライブだ。傾かないよう助手席に乗せたどて煮は、まだ温かかった。