本物じゃなくてもいい
ウルリッヒはこれをきっかけにして、自然がもたらす癒しの効果を生涯にわたって研究することになった。約10年後には、スウェーデンのウプサラ大学病院の同僚たちと、自然が患者の回復に及ぼす影響を厳密に検証した。
実験では、集中治療室で心臓手術を受けた患者160人に、6種類の病室を無作為に割り当てた。各病室には、壁に窓に見立てた6種類の写真(緑の中を流れる小川、暗い森、抽象画2種類、無地の白いパネル、パネル掲示なし)が設置されていた。
単なる写真が、患者の回復度合いに大きな差をもたらすとは思えないかもしれない。だが、その効果は目を見張るものがあった。
緑の中を穏やかに流れる小川の写真が壁に飾られた患者は、不安が少なく、必要な鎮痛薬の量も少なかった。それ以外の5種類の病室に入れられた患者は、不安が強く、必要な鎮痛薬の量も多かったのだ。
なぜ病院には庭園や緑地が多いのか
ウルリッヒはその後も40年以上にわたって研究を続けた。
その成果は、病院建築に変革をもたらした。世界中の近代的な病院に庭園や緑地が多いのも、そのためだ。彼の長年の研究は、自然が癒やしに役立つことを示した。自然の中で過ごすとストレスが減り、集中力を回復する生理的反応が生じるのだ。
本章で紹介する充電の2番目の方法は、自然に浸ることだ。自然はすり減った認知能力を補い、エネルギーを高めてくれる。自然は僕たちの気分を良くしてくれる。だからこそ、自然の力をうまく休息に取り入れるための方法が必要だ。
「そんなことを言われても、私は自然の少ない都市部に住んでいるからなあ」と思った人もいるだろう。たしかに、身の回りに豊かな自然を見つけるのは簡単ではない。
しかし、だからこそウルリッヒの研究は画期的なのだ。彼の実験の被験者は、木の写真を見ただけだった。そう、それは本物の木ではなかった。にもかかわらず、その効果は大きかった。