役所から突然の「勤務先への通告」
コロナ禍では仕事が減って収入が少なくなり、支払いが厳しくなった人も多いが、徴収に容赦がなかった。
関東で運転業務に従事する40代夫とその妻、子ども3人の5人暮らしの世帯では、国保料と県民税を合わせた滞納額が80万円に及んで行き詰まっていた。夫が友人と事業を始めたもののうまくいかず、現在の会社に勤めるまでの間に膨らんだ滞納だという。しかし妻が専門職であることもあり、2人で働いて毎月2万円ずつの分納を約束し、実際に欠かさず支払っていた。が、行政は「もっと月々の分納額を増やせ」と迫った。
「男性はコロナで残業ができなくなり、収入が減少した上に、子育てにお金がかかって、厳しい家計でした。それでも自治体の求めに応じて月々の分納額を1万円増やして3万円にしたのです」と角谷氏が説明する。
「それなのに、役所は男性の勤め先に『給与等の調査』の照会文書を出しました。これにより勤め先に滞納の事実があり、差し押さえの準備をされていることが知られてしまった。もちろん滞納をしている人が財産調査されるのは法的に認められていることですが、男性は約束を守って月々分納し、かつその額も増やしているのにひどい対応ではないでしょうか」
この男性の場合は、勤務先が理解のある会社だったため勤務に支障はなかったが、差し押さえが解雇要件のひとつである会社も少なくないのだ。また角谷氏の交渉により、引き続き3万円の分納が認められた。しかし男性は、「税理士が同席する場合と、自分1人の場合とでは役所側の態度や対応が違う」と嘆いたという。
留守宅に踏み込み、仕事で使うカメラまで…
22年には神奈川県在住の角谷氏のもとに、はるか遠い九州に住む40代男性から「国保料の滞納によって行政から差し押さえ処分を受け、困っている」という連絡があった。
その40代男性はカメラマンだった。妻と離婚し、社会人の20代長男と、高校生の次男と3人暮らし。滞納額は22万円。
「普通に勤めていれば払えない額ではありませんが、彼は病気がちでほとんど働けず、一家の主な収入は長男の年間200万円未満の給料のみ。男性の銀行口座の残高は11円だったそうで徴収ができない。そのような状況下で、行政は男性の家を捜索し、差し押さえ処分を実行したのです。しかもそれは男性が留守の時に行われました」(角谷氏)
子どもたちのフィギュア、ゲーム機、釣竿のほか、男性が仕事で使っていたカメラまで“財産”として差し押さえられた。
「留守宅に踏み込むことにも驚きますが、カメラの差し押さえは、法律上問題があります」と角谷氏は憤る。
「滞納者の業務において欠かせない道具、器具は『差押禁止財産』とされています。例えば大工さんなどの職人にとってのカンナ、のこぎりなどがこれに当てはまりますね。そもそも男性には“滞納処分を執行することができる”財産がないわけですから、国税徴収法153条に基づく『滞納処分の停止』が相当と考えます」
そう言って角谷氏はため息をつく。自らが税務署の職員として徴収を行っていた際は、「これ以上は行きすぎではないか」という一線があった。しかし、今はそうした歯止めがないのではないか。税務署に40年勤め、税の仕組みに精通している角谷氏が「国保制度そのものに無理を感じる」とも言うのだった。