両脚は疲労骨折していたのに
それに、ケイトが持ってきたものを見てホッとしたね。やっとマイオプレックスとクラッカーの地獄から逃れられるぜ! 俺は鎮痛剤とクッキー、ピーナツバターとジャムのサンドイッチを、ゲータレードで流し込んだ。そして、ケイトの手を借りて立ち上がった。
世界はブレて見えた。ケイトが2人、3人に分離したが、支えてもらう間に視界が安定した。俺はしっかり足を踏み出した。耐えがたい痛みが走った。その時は知らなかったが、両脚が疲労骨折で、ヒビが入りまくっていたんだ。
ウルトラレースでは、傲慢のツケは高くつく。そのツケを払う時が来た。俺はもう1歩足を踏み出した。そしてもう1歩。顔が歪み、涙がにじんだ。さらに1歩。ケイトは手を離し、俺は歩き続けた。
ゆっくりと。ゆっくりすぎるくらいに。
70マイルで止まった時は100マイル24時間のペースを優に超えていたのに、今はどう頑張っても1マイル20分〔100マイル33.3時間〕のスピードしか出せない。日本人ランナー・イナガキさんが軽やかに俺を抜き去りながら、チラッとこっちを見た。その目にも苦痛がにじんでいたが、それでも彼女はアスリートらしく見えた。片や俺はゾンビと化して、貴重な時間の貯金が減っていくのをただ見ていた。
この戦いは「自分との戦い」である
なぜだ? またいつもの疑問が頭をよぎる。なぜなんだ? なぜ俺は、自分で自分を苦しめる選択をまたしているんだ? 4時間後の朝2時頃に81マイル(130キロ)に到達すると、ケイトが爆弾を落とした。
「このペースじゃ間に合わないわ」と、伴走してマイオプレックスを渡してくれながら言った。遠回しじゃなく、ガツンと言ってきた。俺はあごから痰とマイオプレックスをしたたらせながら、死んだ目でケイトを見つめた。延々4時間も気力と集中力を振り絞り、地獄の苦しみを感じながら進み続けたのに、それでもまだ足りないっていうのかよ?
どこかからエネルギーを得なければ、寄付金集めの夢は終わってしまう。むせて咳き込みながら、もう一口マイオプレックスを飲んだ。
「了解」と、俺は静かに言った。ケイトの言う通りだ。ペースはどんどん落ちていた。
そしてその時、気がついたんだ。俺はレッド・ウィング作戦(著者ゴギンズが所属するシールズのかつての作戦。作戦が失敗し、亡くなった隊員の遺族のための基金集めのためレースに参加していた)の遺族のために戦っているんじゃない、と。
ある時点まではたしかにそうだった。でもそれじゃ、朝10時までにあと19マイル(31キロ)走る力は絶対生み出せない。いや、このレース、そして「体が壊れるギリギリまで自分を追い込みたい」という欲望そのものが、俺自身への挑戦状だったんだ。
俺はどれだけの苦しみに耐えられるのか? あとどれだけ頑張れるのか? やり抜くためには、この戦いを「自分との戦い」にしなくてはいけない。
脚を見下ろすと、乾いた血尿の筋が内腿に残っていた。そして考えた。このクソいまいましい戦いを続けようなんてのは、いったいどこのどいつだ? おまえだけだよ、ゴギンズ! おまえはトレーニングゼロで、脱水症状やパフォーマンス向上のことなんか何も知らない。知っているのは、おまえが絶対に「やめない」ってことだけだ。
なぜやめないんだ?