自社農園の意外な役割
埼玉県所沢市で開業した町中華からスタートしたぎょうざの満洲には、「小さく産んで大きく育てた」活動が目立つ。その象徴が自社農園「満洲ファーム」だろう。工場から車で10分程度の場所に、東京ドーム2個分の広大な畑をもつ。
前編でも触れたように、もともと池野谷社長は農作物に対し強い思いがあったわけではない。夫の実家が兼業農家で、その隣に自宅を建てたことで、日々採れたての野菜を食べるようになってからだ。
「食すだけでなく、農業を手伝うようになりました。野菜やお米を自分でつくると、そのおいしさとありがたさもわかりました。そうなると、店で提供する料理にも、もっと鮮度のいい安心できる材料を使おうと決意したのです」
もともと生産農家との交流に熱心だったが、兼業農家に嫁いだことにより、その活動に拍車がかかったのは2010年代で、食材の国産化や自家製を掲げひとつひとつ実現していった。満洲ファームは2014年に設立している。
製造業の取材では「まずはラボレベルで試す」という話も聞くが、同社の“ラボ”(実験室)には池野谷家も含まれるようだ。採れた野菜を家庭料理で試した結果、発想が広がり、社内でメニュー開発した例も多い。例えば、「よだれ鶏」は自宅の庭で採れた山椒の実から生まれたメニューだ。
現在、ぎょうざの満洲の最重要項目は健康だ。餃子の餡は豚肉の脂身を3割減らし、その分赤身を増量、チャーハンは玄米と白米で作るように。さらにラーメンのスープは豚系の使用をやめて鶏系を増量し、魚介と野菜から出汁をとったものに変わっている。一部従業員の反対がありながらも、売り上げは増加、顧客の満足感を高めた。
こうした改革は、前編で記したように、父の病、そして自身の健康に端を発している。「毎日食べてもおいしくて健康的な餃子」に切り替えたことが、結果としてぎょうざの満洲を良い方向に動かしたと言えるだろう。
ピンチを救ったお惣菜
ぎょうざの満洲の業績を数字で示すと、最新の2024年6月期は約96億円。2003年は24億5500万円だったので20年で約4倍に拡大した。
2019年1月には川越市に本社・工場を移転。同年は83億6500万円を計上して順調だった社業に影を落としたのが、翌2020年から猛威を振るった新型コロナウイルスだ。
「川越の新工場稼働後にコロナ禍となり、工場の生産品目であるスープやタレなどの需要も落ち込みました。打開策として惣菜開発に力を入れることにしました。現在、ビールのおつまみとしての人気の『山形県産 塩ゆで秘伝豆』(普通サイズは税込み200円)はこの時期に開発した惣菜です」
コロナ禍で外食業界が厳しい業績となる中、同社の落ち込みは軽微だった。持ち帰り生餃子や惣菜の売り上げ比率が高かったこと、店も商業施設ではなく駅前路面店が多かったことも味方した。コロナ禍の2021年売上高も2019年比約92%で着地できた。
いまでも持ち帰り生餃子は人気で、テイクアウト商品が売り上げの35%を占めるという。