世界屈指の女性剣士が「和歌山の限界集落」へ移住したワケ
パリ五輪が開催される2週間ほど前の7月7日、イタリアのミラノで“銀メダル”に輝いた女性がいる。末永真理さん(35歳)は剣道の世界選手権個人戦決勝で敗れたものの世界2位になった(2018年の同大会も準優勝)。
真理さんは2012~13年に全日本女子選手権連覇後、14年から4年連続3位といったんは後退するが、19年には2位に、そして22年には9年ぶりに日本一に返り咲いた。
勝負の世界で9年という“優勝ブランク”を埋め復活を果たしたことは偉業と言っていい。またこの間に3年ごとに行われる世界選手権にも日本代表として出場。日本は国別団体戦で4度世界チャンピオンに輝き、主要メンバーとしてチームに大貢献した。
今年も世界選手権出場を果たし、「5回目出場」は日本人初。こちらも大記録だった。
日本だけでなく世界を引っ張る剣道エリートだが、その稽古場は想定外の場所にあった。
真理さんは大阪府で生まれ育った。両親が剣道をやっていて、父は著名な剣士で5歳のとき幼稚園年長組ですでに竹刀を握っていた。高校はPL学園に入学する。同校は野球だけでなく、剣道でも名門中の名門。在学中もインターハイで準優勝するなど、活躍した。ちなみにマエケンこと前田健太(デトロイト・タイガーズ)投手とは3年間クラスメイトだったという。
「お互いに強い部活ということで意識してました」
片や甲子園、片やインターハイで日本一を目標に掲げ競い合った。
PLを卒業して、父親が奉職していた縁もあってやはり剣道の名門、大阪府警に勤務する。府警では特別訓練員の一人に指定され、業務として剣道を午前午後と取り組んでいた。
試合のないオフの期間は制服を着て勤務することもあって、週1回の当直の時は夕方5時半から朝まで勤務した。受付で遺失物拾得の届け出を受けたり、電話の交換手をしたり、女性の相談に乗ることもあった。また機動隊に異動した時に、G20サミットがあって関西国際空港での重要な警備も担った。
2019年、主将として世界大会の団体で優勝を果たすが、以降の代表メンバーから外されてしまう。
「自分としてはまだいけると思っていたのに実力が足りず、すごく悔しい思いをしました」
そこに20年からのコロナ禍も重なる。
「世代的にも上になって大阪府警で現役選手としてやってる人は少ないうえにコロナになって、竹刀を振るのも禁止になった。稽古ができない間に弱くなってしまったら代表への道は閉ざされる。稽古のできる環境にいきたかった。剣道をしたいという気持ちが一番でした」
警察官を続けていれば指導者になる道もあって、生活は安泰だったかもしれないが、他にもやりたいことを経験するのも悪くない、と思い切って21年に警察官を辞める道を選択する。32歳のことだ。
惑う時間の中、傍らで支えてくれたのが中学校の剣道の大会以来、顔見知りだった将大さん(36歳)だった。21年、大阪府警を辞めた後、すぐに結婚した。
将大さんは大学を卒業して東大阪の父が営んでいた福祉の会社「キューオーエル」に就職した。そして一般社団法人の「み・ゆーじ」の代表理事を務め、子供たちの放課後デイサービスや障害者支援をしてきた。「み・ゆーじ」という名は“みんな夢実現”という言葉の頭文字から付けた。
ある時、子供たちのキャンプを企画した時に探し当てたのが、廃校になっていた和歌山県白浜町の旧市鹿野(いちかの)小学校だった。