都合よく仕事を押し付けられるようになってしまう

北米では、日本に比べると“ソーリー”はあまり使いません。なぜなら自分の非を認めたことになるからです。謝ることに関しては、日本人に比べてかなりシビアに考えられています。

こちらに長く住んでいると、ルールがあるような場所でも強く言った者が勝つという世界があることに気づきました。ビジネスシーンでも日常生活においても、「私はこうだ!」と自分の意見や意思をはっきり堂々と強く言った人が最終的には勝つというところがある気がします(もちろん日本でも接客業などにおいてお客様が理不尽な要求を強く言い通して、店側が折れるみたいなことはありますが)。

“Sorry”と安易に口にすることで、「この人、チョロそうやなあ」と、都合よく使われてしまうこともあるかもしれません。さらに職場であれば、何かを要求されたり、「頼めばやってくれる」と認識されたりしてしまうのです。私も、カナダでフライトアテンダントとして働き始めたばかりの頃は、自分にできないことがあると、つい“ソーリー”と言ってしまっていたのですが、そうすると変に舐められてしまうことを実際に経験しました。