「10年後に、東日本大震災の10倍の被害」

「その1、約10年後。その2、東日本大震災の10倍の被害」と情報を2項目に簡素化すれば、企業も本気でリカバリー計画を立案する気になる。

ここには専門家の「完璧主義」という意識上の問題がある。地震発生確率の表示は確かに正確だが、それでは市民は動かない。学術的に正しいことに拘泥こうでいするあまり、肝心の情報が伝わらない。極論すれば学者の論理の押しつけで、一般の人には適さないのではないだろうか。

ここで専門家は「不完全である勇気」が必要となる。専門家が完璧であろうとすると、一番大切な情報がスッポリ抜けてしまう。重要なのは「相手の関心に関心を持つ」というコミュニケーションの原理である。伝えたい相手は誰かをよく考えて、市民の関心に関心を持ち、伝えるべき情報を厳選しなければならない。

私が2項目に簡略化して市民に伝えると、同僚の専門家から「それでは正確でない」というクレームが付くことがよくある。しかし、市民の関心に合わせて情報を伝えないと、専門家が行った努力は無に帰することに気付いていない。我々は東日本大震災で「想定外」の事態を起こしてはならないと学んだ。南海トラフ巨大地震が今世紀の半ばまでには必ず発生すると断言しても過言ではない。よって、2項目に絞って伝える方法を提案する。

地震と社会の変動期の意外な関係

興味深いことに我が国の歴史を見ると、社会と大地の変動期は一致している(図表4)。

幕末の南海トラフ巨大地震である安政南海地震(1854年)の後は、松下村塾で学んだ桂小五郎(木戸孝允たかよし)と伊藤俊輔(博文)が、また薩摩では西郷吉之助(隆盛)や大久保一蔵(利通)らが活躍し、明治維新を通じて近代日本を構築した。さらに前回の昭和南海地震(1946年)は太平洋戦争の直後だったが、松下幸之助、本田宗一郎、井深大いぶかまさるといった若者たちが我が国を技術貿易立国として「再生」させた。

おそらく次の南海トラフ巨大地震後の日本社会は一度「崩壊」せざるを得ないだろうが、若者が能力を備えていれば新しい発想でわが国を「蘇生」することができる。そのためにはアウトリーチ(啓発・教育活動)が不可欠で、若い世代に伝えるべきことを伝え、その上で積極的に権限の委譲を進めなければならない。

近い将来確実に起きる激甚災害を悲観するばかりでなく、地球の時間軸で物事を捉える「長尺ちょうじゃくの目」を持つことも、「大地変動の時代」を生き延びる重要な鍵となる。