好きなことだけをやっていても相当稼げた時代
アマチュア写真家だった父の影響もあり、写真専門大学を卒業し、写真家となった。30代のときには雑誌のアメ車特集の撮影で、コーディネーターも含め全部やることになり、ルート66へ。経費は持ち出しでもいいからとかなり負担した。
「そのときに偶然、ルート66の跡地を見たんです。“ヒストリックルート66”という、歴史的なネーミングで呼ばれていた場所です。子供の頃に見たテレビ番組を思い出して、ものすごいノスタルジックな思いに駆られました。気がついたらシャッターを切っていました」
1990年代からはアメリカ車専門の写真家・ライターとして名前を売り、当時の稼ぎは月100万円超。断るほどオファーがあった。アメ車のレストア(古い車をオリジナルの状態に戻すこと)や売買ビジネスも展開して相当な利益になった。主な顧客である芸能人はアメ車に目がなく金に糸目をつけない人が多かったのだ。クルマ好きに乗じて、あまり実入りはよくないカースタントマンや劇用車の時代考証も喜んで手がけた。
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