退去を決意したきっかけ

――施設の入居者と地域住民の間には溝があったということですか?

【平野】地域の人たちは、僕がいる老人ホームは金持ちしか入れない施設だと知っていますからね。どうしてもそういう目で見られる。

でも、当初は諦めていなかった。鴨川市長や施設を運営する不動産会社の経営者、東京の著名人を巻き込んで過疎問題を考えるトークイベントでもやろうかと施設の担当者と話したんです。

向こうも、ぼくがロフトの創業者だと知って、コンサートやライブもやりたいという話で盛り上がった。でも、その後、担当者はパタリと姿を現さなくなった。なぜなら、ぼくが学生運動で2回パクられていたのを知ったからです。

極め付きが、地域住民とのすれ違いです。ぼくは地域のテニスサークルに入っていました。

ある日、サークル仲間が新しいサングラスを自慢していたので、何気なく茶化してしまった。すると相手は「ちょっと金持っているからって、偉そうに……」と激高した。周りにいた人たちも無言で黙認した。地方特有の人間関係にげんなりしてしまった。

そんなときに部屋から太平洋を見たんです。すると水平線の先に歌舞伎町のネオンが煌めいている気がした。ドミニカでもそうでした。

旧新宿ロフトの楽屋
旧新宿ロフトの楽屋(『1976年の新宿ロフト』より)

レストランが赤字でめげているとき、世界でもっとも美しいと言われるカリブ海を眺めたんです。すると新宿のネオンが瞬いているような錯覚におそわれた。そして思ったんですよ。このまま本を読んで音楽聞いて酒飲むのはいいけど、このまま死んでいくのかって。

いつ死ぬか分からないけど、無駄に流れていく時間が辛かった。ここは、オレがいる場所じゃない。新宿に帰りたいと。

2000万円が無駄になったが…

――結局、どれくらいの期間を過ごしたんですか?

丸2年ですね。

僕の場合は、入居時に一括で6000万円払っています。退去にいくらかかるのか調べてみると、77歳から90歳になるまでの13年間が想定居住期間となっていて、その期間を施設で暮らすと、全額が償却される契約だった。

ですが、その期間内に退去だったので、入居金の2割弱――約1000万円が問答無用で持っていかれた。

2年間で、居住費、食費などを加えると、2000万円くらい使った計算。部屋の原状回復費用もかかる。退去には馬鹿馬鹿しいほどの金がかかった。それでも、東京、新宿に戻りたかった。