都も地方も知っている受領の娘たち

外被への肉付けの役割として、中央と地方の架橋をなしたのが、国司・受領層たちだった。その子女たちは都にとどまる場合もあれば、式部のように、父とともに現地へ赴くこともある。

かりに現地に赴かずとも、都にいながら知識として、地方という“世間”を知り得る材料が与えられた。彼女たちのそうした直接・間接の経験知は、宮廷内にあって、後宮世界への“触媒”となったはずだ。

権門けんもん」(権勢のある家柄)と「寒門かんもん」(貧しい家柄)の連結装置の役割を担った存在だった。都鄙交流の立て役者としての受領の存在、その受領の娘たちが女房として宮中に出仕する。そうした流れが后妃たちへの知的好奇心の伝達者を育む。

男女の仲を知る女房たちが必要とされた

興味深いのは紫式部を含めて、清少納言、さらに和泉式部たちの恋や結婚の相手には、「つわもの」や「武者」たちが少なくないことだ。紫式部の場合、正式の結婚相手は藤原宣孝で受領経験を有した文人貴族だが、後述するように藤原保昌のような「兵受領」との交渉もあったらしい。彼は和泉式部の夫となる人物としても知られる。

そして清少納言もまた橘則光を夫に持った。彼は歌の才を有したロマンチストではなく、ドライな武的領有者だった。いわば“マッチョ”型を好む傾向が無いとはいえまい。彼女たちは、貴族的な“草食系”よりは、“肉食系”に興味をそそられた向きもあるようだ。

土佐光起作「清少納言図」
土佐光起作「清少納言図」(画像=東京国立博物館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

彼ら王朝武者は“裏”や“闇”の世間にも通じていた。多くの女房たちにとって、異質な世界の見聞は、その知的好奇心を高めたはずだ。

後宮世界についていえば、女房たちの少なからずは、“初開経験”者だとされる。后妃候補以外、男女の仲に“未知”なる女性は必要ない。むしろ“既知”(男女の仲を知る)たる女房たちを必要とした。国母候補の后妃たちに“未知”なる世界を伝授する役割も、彼女たちは担っていた。

“知”をどのレベルで解釈するかにもよるが、彼ら女房たちが、総じて受領層に出自を有したことは大きかった。いわば封印されていた宮廷世界への“知”の拡散者だった。

源氏物語』での男女の性的営為には、想像を超えたリアリティーがともなった。見聞に裏打ちされた男女の愛憎を自己のセンサーで濾過し、それを紡ぐ作業は式部自身の才能に依るとしても、それなりの体験も前提となる。後宮世界にあっては、公卿の御曹司たちも含め、ハイソな男性たちも好色を隠さない。そうした上流貴族たちによるラブロマンスは、人間観察の絶好の場ともなったはずだ。