話は約30年前にさかのぼります。私は課長になる少し前で、冷凍船を担当。顧客の大半は海外で、南半球で穫れた果物などが主な貨物でした。

1991年は大忙しでした。1月1日に韓国がバナナの輸入を解禁。韓国の輸入業者がエクアドル産のバナナを大量に買い付けました。韓国には冷凍船を持つ船会社がなく、日本郵船に依頼が殺到しました。

当時、バナナ1箱12キロのFOB価格(輸出港渡しでの価格)は4〜5ドルでした。私たちがいただく運賃を加えると10ドル。取引のない輸入業者からの依頼なので、用心して普段より高めの運賃設定です。さらに100%の関税がかかり、韓国に荷揚げされるときは1箱20ドルになっていました。

その1箱が、バナナブームによって韓国では40ドルで売れました。冷凍船1隻で20万箱運べるので、1隻の輸入で400万ドルの粗利益になる計算。当然のように業者が群がりました。

情報を軽く見たせいで会社に損害を与えた

ところが、バナナブームは数カ月であっさり終焉します。価格が暴落したために関税を払えない業者が続出して、荷揚げできないバナナが腐り始めました。腐ったバナナは担保になりません。運賃の回収も限界があり、約1億円の損害が発生しました。

今思えば、これは防げた損失でした。日本郵船は韓国にも事務所があります。そこから青果市場の情報を逐一得ていたら、ブーム終焉の予兆は察知できていたはず。情報を軽く見ていたために会社に損害を与えてしまったのです。

身をもって情報の重要性を知った私は、バナナ事件以降、人一倍、情報に敏感になりました。コロナ禍という会社存続の危機にあたって情報の仕組みを精査するのは、ごく自然な発想だったわけです。

実際、週報ベースの情報共有の仕組みは役に立ちました。コロナの水際対策は各国で異なります。中国はとくに厳しく、船で荷物を運んでも船員は上陸を許されませんでした。船員の交代ができずに船の上で長期間隔離されれば、メンタルの問題も起きやすくなります。ただ、幸か不幸か、当時は動いていない船がたくさんありました。そこでそれらの船を使って船員を輸送し、日本の港で交代させるといった対応をしました。これができたのは各本部を超えて船や船員の情報を共有していたから。ほかにも危機対応でイレギュラーなことをいろいろやりましたが、週報の仕組みがなければもっと混乱していたでしょう。

財務的には、船が半分動かなくても半年やっていけるだけの融資枠をメインバンクから確保できました。ただ、困ったのは株主総会です。決算発表がずれ込んだので株主総会も延期したのですが、日程変更で会場を確保できなくなり、自社15階のホールで開催することに。株主の皆様に来ていただき、クラスターでも発生させたら大変なことになります。株主総会が無事に終わるまで、気が気ではありませんでした。

夏に近づくにつれて少しずつ船が動き始め、経営的には光が見えてきました。秋にはほとんどの船が稼働。「飛鳥II」が11月に定員を半数にして運航再開したときは私も乗船しましたが、6割ほど埋まっているのを見て安堵したことを覚えています。

郵船クルーズが運営する豪華客船「飛鳥II」。運航再開のタイミングでコロナ禍が直撃した。
郵船クルーズが運航するクルーズ客船「飛鳥II」。現在は人数制限もなくフル稼働しており、販売と同時に予約が殺到するなど盛況だという。

コロナが発生してから約4〜5カ月は、まさに肉体的にも精神的にもギリギリの毎日でした。ただ、仕事から逃げたいという気持ちは全くなく、郵船を存続させる使命感と責任感で激動の事態に対応していました。また、グループ役職員も困難の中職務を果たしてくれました。

日本郵船のカルチャーも大きかったと思います。バナナ事件で失敗した後、私は毎週のように韓国に行って事後処理をしました。失敗したこと自体は厳しく怒られましたが、会社は失敗した後に挽回しようとする私の姿勢を見て、チャンスをくれました。

実は専務のときにもM&Aした海外企業の経営が悪化して、約130億円の損失を出したことがあります。誰のせいにすることもなく自身で責任を負いましたが、わが社はそんな失敗をやらかした人間を後に社長にした。日本郵船は逃げない人間を評価するのです。

そうしたカルチャーを持つ会社のトップが逃げるわけにはいきません。起きたことはすべて受け止める。その覚悟ができていたからこそ、この危機も乗り越えられたのでしょう。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年6月14日号)の一部を再編集したものです。

(構成=村上 敬 撮影=大槻純一 写真提供=郵船クルーズ)
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