人間は右肩上がりに成長し、やがて下降をたどる
さらに髪は力強さを失い、白髪も日に日に増えているように見えます。体形も変わりました。お腹にぽっこりとついた脂肪が落ちづらくなり、肌にハリもありません……。
「すっかり老けたな……」
何度目かの深いため息が漏れます。
人間は赤ん坊として生まれると、体と頭脳を右肩上がりに成長させながら、人生を歩んでいきます。
背は伸び、体重は増え、知識は積み上がり、経験も蓄積されていきます。
まるで空高く打ち上げられる野球のボールのように、打ち出された途端、グングンと上昇しながら加速するように人間は成長していきます。
しかし、いくら強い打球でも、やがて勢いは失われます。
徐々に力は弱まり、頂点で弧を描いて、今後は下降していきます。
同じように人間の体も衰えていく……。
下降線をたどり始めたことを、いやがおうにも意識させられるのが「50歳前後」というわけです。
ただし。
アンチエイジング医療に関するエビデンスと経験を豊富に持つ医師である私に、ここで言わせていただきたい。
老化が始まるのは、肉体的な衰えからなのではありません。
「本当の老化」は、もっと別の場所から始まるのです。
老眼、想像力…中年以降の経年劣化にはあらがえない
人でもものでも、経年劣化にはあらがえません。
靴でも、自動車でも、冷蔵庫でも、使えば使うほど劣化していきます。
人間の体も物理的な存在である以上、くたびれるのです。
たとえば、先にあげた「老眼」。
その原因は、目の筋力の衰えです。
眼の中には水晶体というレンズの役割を担う部位があります。この水晶体を厚くしたり薄くしたりすることで、人はピントを合わせています。
ところが45歳を過ぎるあたりから、この水晶体の厚さを調節する筋力がガクンと弱まります。ピントを合わせようと思ってもうまく合わせられないのです。
これは、あたかも機械部品が摩耗するようなもので、物理的な現象であり、程度の差こそあれ、誰しも受け入れざるをえない劣化現象です。
「想起力の低下」も同様です。
大好きだった映画のタイトルが思い出せない。知り合いの名前が思い出せない。何を買うつもりだったかど忘れしてしまう……。
加齢によるこうした普通の物忘れは「想起障害」と呼ばれています。
想起障害はこれまでの人生でたくさんの物事を記憶してきた結果、脳の中が洋服でパンパンに膨らんだクローゼットのような状態になっていて、どこかにしまった記憶はあるのに取り出したくても取り出せなくなっているのです。
だから想起障害は健常者にも起こる物忘れであって、認知症などの病気の症状としての物忘れとは基本的に異なります。
長い人生でたくさんの経験を積んできた中年以降だからこその現象と言えます。