すべて腹芸と裏ワザで
行われてきた外交交渉

自民党外交のもう1つの特徴は、継続性を担保するような“形”にしていないことだ。対米一辺倒を明文化しているわけではないし、「尖閣問題の棚上げ」も中国との口約束でしかない。さらには、そうした外交方針を国民に説明したこともない。どこまでもアメリカと一緒にやるなら集団的自衛権の問題は避けて通れないが、政府は集団的自衛権の何たるかを国民にきちんと説明していない。それどころか、自民党政府は外交の真実をほとんど国民に明かしてこなかった。

日中台の火種となっている尖閣諸島沖。
(Photoshot/AFLO=写真)

たとえば北方領土問題。四島一括返還が日本外交の総意であるかのように思われているが、それを外務省が言い出したのは日ソ共同宣言が合意された56年以降のことだ。実は四島一括返還は日本とソ連の接近を恐れた(56年のダレス-重光会談における)アメリカの差し金で、「ソ連に四島一括返還を求めないと沖縄は返還しない」という条件だったのだ。

その沖縄返還にしても、要するに軍政と民政に分けて(アメリカにとって面倒臭い)民政だけ返還するというのが日米政府の約束だった。「米軍が使いたいように使ってください」と軍政を残した以上、核抜き返還などありえない。しかし、そのことを政府は日本国民に説明しなかった。「非核三原則」「核抜き返還」など茶番もいいところだ。

なぜ普天間基地移設問題やオスプレイの問題で日本の言い分が通らないのか、米兵が少女を襲っても泣き寝入りなのか。理由は1つ。軍政に関しては手が出せない条件でしか沖縄は返してもらってないからである。米兵の不祥事に関しては軍政と民政の境界線上の問題だからアメリカも譲歩する余地はあるが、オスプレイの配備に関しては「文句を言われる筋合いはない」と思っているわけだ。

戦後60年間、整理整頓せず、目録も作らずに溜め込まれた自民党外交のパンドラの箱を民主党政権が開けたとたん、魑魅魍魎の外交問題が飛び出してきた。どれもこれも解決不能になっている理由は、外交交渉がすべて腹芸と裏ワザで行われてきたからだ。

「田中角栄なら中国との関係はここまで進む」「森喜朗ならプーチンと仲が良いからロシアとの関係はここまでいく」という具合に自民党政権の外交はきわめて属人性が高いうえに、外交文書がまともに残っていないのだから、今後どんな政権が誕生しても「相続不能」である。

確かに国境問題は優れたリーダーが出てこないと解決しない。これは歴史の教えだ。しかし器の小さいリーダーが政権を持ち回っている現状が続くようでは、日本の国境は守れない。

今、日本外交が陥っている複雑骨折は、1人や2人のリーダーが出てきてもなかなか治らない。しかし、第一歩として、日本の外交を預かる政権は、これまでの自民党的外交を一度棚卸しして、歴史的経緯を理解したうえで、場合によってはご破算にする覚悟が必要である。正しい情報を与えられてこなかった国民にも完全に情報を開示する必要がある。そのうえでアメリカ、中国、ロシア、韓国、それぞれの国と個別に話し合って、これまでの互いの理解を整理し、問題解決のための枠組みを決めて、改めて交渉を積み上げていくべきだ。尖閣についても「領土問題は存在せず」と建前論を振りかざしていても、建設的な解決策は出てこない。領土問題があったからこそ日本の実効支配を認めさせたうえで「棚上げ」に合意してきたのだ。

ただし、次期総選挙で安倍自民党が政権を奪還する可能性は高い。場合によっては石原・橋下維新の会との連立になるかもしれない。安倍政権の誕生で対米関係は多少好転するだろうが、元の木阿弥で「妾」に戻るだけのことかもしれない。中国や韓国はむしろ日本の右傾化を警戒するので、関係は一層厳しくなる。郷土問題で唯一前進の可能性があるのはプーチン・ロシアとの北方領土問題だろう。安倍氏は「主義主張と意見の塊の人」のように見える。

どのような政権ができるにしろ、戦後の外交問題をすべて棚卸しして虚心坦懐に国民と、そして周辺国と、向き合ってほしい。

※すべて雑誌掲載当時

(小川 剛=構成 AP/AFLO、Photoshot/AFLO=写真)