懐かしいのに最先端――。ノンフィクション作家の高野秀行さんは、ブータンをこう評した。
「伝統衣装を着た人がロバに荷を載せて山を歩いていく……。ブータンの山村を旅して、昔の日本みたいな風景だと思いました。ぼくが辺境を旅するのは、自分の価値観とはまったく違う世界を知りたいから。常識がガラリと変わる体験が病みつきになるんです」
高野さんは、キャリア20年を越えるベテランUMA(未確認生物)ハンターだ。コンゴの怪獣ムベンベ、アフガニスタンの凶獣ペシャクパラング、ベトナムの猿人フイハイなど多くのUMAを追いかけてきた。
今回の旅の目的は、ブータン政府も関わる生物資源調査。だが、高野さんの頭のなかは、雪男でいっぱいに。
〈雪男はただの神話ではありません。リアリティです〉
ブータンの生物学者からそんなメールが届いたのだ。
雪男を探す旅は過酷を極める。高山病や下痢に苦しみ、村人と酒を呑んで2日酔いと格闘する。
「未知の動物――ぼくらはそう呼ぶけど彼らにとっては、当然いる動物。自然とともに暮らす人たちには、理解できない恐ろしい動物は、現実なんです」
旅行記の間には、出会った人々の談話が挟まれる。ガイドのガールフレンドの話題から、雪男を捕まえたインド兵を見た記憶や牛追いの途中に神隠しにあった少女……。高野さんは人々の声を丹念に聞き書きする。
「いままでUMAを追いかけてきて気がつきました。ぼくがやってきたことは『遠野物語』そっくりだったんじゃないか、と。約100年前に刊行されて民話の原点といわれる『遠野物語』は、岩手県の遠野の人たちが見た妖怪や不可解な出来事を記録したノンフィクションですから」
ブータンの多くの土地では電気も水道も通っていない。雪男の存在や不可解な出来事を信じ、怯えている。まるで100年前の遠野ではないか。それなのにタイトルは“未来国家”。
経済よりも国民の幸せを重視するブータンは、世界でもっとも幸福な国として知られる。経済と切り離した環境政策やエコツーリズム、高度な英語教育などの政策を推し進めるブータンは“周回遅れのトップランナー”とも呼ばれる。
日本がいくらがんばってもブータンには追いつけないし、戻れない。だからだ。読後、ブータンに懐かしさと同時に憧れを抱くのは――。高野さんはいう。
「もしかしたら、日本が進んだはずの未来を、いまのブータンが歩んでいるのかもしれない。そう感じるんです」