なぜ日本人は落とし物の財布を交番に届けるのか

日本人は拾った財布を交番に届ける。このことは落とし物がほとんど出てこない国に住んでいる外国人にとって驚くべきことらしい。そして、結果的に日本人の美徳の一つに挙げられている。

しかし、落とし物を届けるのは、果たして礼節を守る日本人の倫理観に基づくものなのであろうか。

日本人が落とし物を交番などに届けるのは、これまで長きにわたって暮らしてきた生活環境によるのではないだろうか。日本人は古くからムラ単位の狭い世界で生活してきた。ムラの住人はすべて血縁か顔馴染みで、どこの誰がどこに住んで何をしているかがすべて分かっていた。

ムラは農作業を共同で行う強固な集合体で、強い団結力を備え、ムラの掟によって整然とした秩序が保たれてきた。ムラの寄り合いや共同作業に欠席したり、他人のものを盗んだりすると、どこの誰の仕業かがすぐに分かってしまい、罪を犯した者は相応の罰を受けなければならなかった。

落とし物を届けなかったりすればどこの誰がネコババしたのかはすぐに判明したのである。たとえば、落とし物を我が物にして逃走したりすればたちまち生活の糧を失うことになる。だから、人によっては不承不承、持ち主に返したのである。

財布を拾う人
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ムラ社会の秩序を保つための倫理観

一方で室町時代には名主を中心にムラの有力者で田畑や用水、入会地の管理などムラの重要事項を「村掟」として定める「惣村」が出現した。彼らは一致団結して自治的なムラの運営をしたのである。そして、大名など権力者の不正や横暴に対しては一揆を結んで結束を固め、不満が募ると蜂起して自らの要求を通そうとした。

このような農民の動きを警戒した徳川幕府は、農民の宗教的心情から衣食住に至るまで広い範囲で強固な規制を敷いたのである。そして、惣村に見られる強固な団結力を利用して農村の支配を強化したのである。その典型的な例が「五人組の制」で、村人を五戸一組にまとめて相互に監視させ、貢納などに関して連帯責任を負わせたのである。

もともと日本の社会は個人という観念が希薄な集団である。そして、その集団はムラのような狭い社会で、内部の人間はみな顔見知りで所在が分かっている。そのことがムラの秩序を保つ上での倫理観を形成したと考えられる。だから、その組織が崩れれば倫理観も崩れて秩序を失うことになる。