「裏切り者は地球の裏側に逃げてもトドメを刺す」

プーチン氏はかつて、裏切り者は地球の裏側に逃げてもトドメを刺すと豪語していた。かれが裏切りを容赦しないのは、ソ連時代にスパイとして活動していたことが大きい。スパイは絶えず相手に警戒心を抱きながらも、少しずつ信頼度を高めていく。そうした長年の付き合いで培った信頼関係を裏切るのを、プーチン氏は決して許さない。

わたしは、ナヴァーリヌィー氏は凍死させられたのではないかと疑っている。死亡当日の現地の気温は、零下30度ほどの酷寒。わたしは刑務所のある村を、ちょうど10年前の1月中旬に立ち寄った。気温は零下45度で、体温との温度差は70度以上に達し、まともに呼吸すらできなかった。

ナヴァーリヌィー氏は2021年1月に刑務所に収監されて以降、規律を破るなどの反則行為を理由に刑務所から懲罰房に押し込まれることがあった。その回数はわかっているだけでも27回、収容期間は300日におよんだ。ロシアの懲罰房はふつう、縦3メートルと横2.5メートル、四畳半ほどと狭く、室内には小さな窓、トイレと流し台、机が設置されているだけだ。

わたしの推測なのだが、収監されていた刑務所から少し離れた懲罰房に歩いて移動するさいに反抗的な態度をとったナヴァーリヌィー氏を、刑務官が顔、または胸を殴った。激痛で倒れ、動けないナヴァーリヌィー氏を2時間ほど屋外に放置し、体内の血液が凍ったのかもしれない。

そもそも極北の刑務所に収監すること自体、わたしは死刑に等しいと思う。

ロシアで殺害された政治家ボリス・ネムツォフ氏を追悼するデモ行進に参加した野党党員アレクセイ・ナワリヌイ氏
ロシアで殺害された政治家ボリス・ネムツォフ氏を追悼するデモ行進に参加した野党党員アレクセイ・ナワリヌイ氏(写真=Michał Siergiejevicz/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

プーチンの焦りが見えた

ナヴァーリヌィー氏がプーチン政権を厳しく非難するようになったのは2011年ごろ。プーチン政権の汚職、腐敗を摘発する「汚職撲滅財団」を結成した。

2021年1月に財団は、プーチン本人が所有するという宮殿を動画で公開した。その建物の資産価値は13億5000万ドル(約1400億円)にのほり、地下にはスケート場やカジノ施設などの娯楽施設が開設されていた。

この動画は世界的な反響をよび、再生回数は当時8600万回に達した。財団の告発動画のなかでもっとも衝撃的な内容となり、文字よりも映像に敏感な若者のなかでナヴァーリヌィー氏の認知度は高まっていった。

公開された映像へのプーチン氏の対応は早かった。学生たちとのオンライン会合で「わたしの財産として挙げられているものは、わたしのものでも親族のものでも決してない」と断言した。全面的に否定したのだが、プーチン氏が自分の汚職疑惑に言及するのは異例であり、焦りが垣間見えたように感じられた。