無駄で地味な取材が映画界の大物を追いつめた

さて、この本の大きなストーリーはこうだ。

ニューヨーク・タイムズに所属するジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイーという2人の記者が、有名な映画プロデューサーで、ハリウッドで絶大な権力を持っていた――さらに言えば民主党政権を支持するリベラル派の大物でもあった――ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力疑惑を丁寧な取材で暴いていく。この本を読んで共感しない新聞記者はいないと思う。そう言うのも私自身が一読しての感想は、「世界のどこでもやっていることは変わらないな」だったからだ。

彼女たちが掴んだファクトは、やがて一本のスクープに結実する。

「ハーヴェイ・ワインスタインは何十年ものあいだ 性的嫌がらせの告発者に口止め料を払っていた」

公開された記事は、世界的なムーブメントとなった「#MeToo」に火をつけて、ワインスタインは失墜し、単なる犯罪者になった。週刊文春にも影響を与え、日本も含めて似たようなことをやっていた世界中のエンタメ関係者の失墜は止まることがない。そこだけを強調すればいかにも社会を動かした「華々しいスクープ」に見えてしまう。

しかし、多くの新聞記者がそうであるように、彼女たちもスクープを世に出すまでの時間は無駄で地味な取材ばかりなのだ。

妨害工作をくぐり抜け、重要人物に接触

本書の少なくない部分はまったく動きがないか、一歩進んでも次がないリアルな取材現場の描写だ。糸口をつかめず、協力的な証言者も見つからず、重要な証言を裏付けるだけの確証も得られない。そして、ワインスタインはといえばあらゆる手段を使ってスクープが世に出るのを防ごうと工作を試みる。

それでも彼女たちは取材をやめない。

取材対象者にマイクを向けている記者
写真=iStock.com/wellphoto
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特に印象的なのは、ワインスタインの元アシスタントを探し出すシーンだった。元アシスタントがSNS等々に手を出していれば話が早いのだが、インターネット上になんの手がかりもない。大してトレーニングを積んでいない記者や評論業者ならこの時点で取材終了だ。しかし、経験のある新聞記者はそこで諦めることはない。

ミーガンはようやく彼女の母親が住む家を割り出し、インターホンを鳴らす。運が良いことに、そこにいたのは母親ではなく元アシスタント本人だった。彼女はワインスタイン側と労働紛争に関する合意書があるとだけ告げてミーガンと別れる。そこから地味ながら素晴らしいシーンが始まる。

ミーガンは彼女が言葉にしていない部分にこそ「本当の意味がある」と直感し、ここから粘りを見せる。相手の言葉にしていないことにこそ、大切な何かが宿るのも古今東西の取材現場で共通することだ。彼女は適当な話をしながら、相手の警戒心を解き、携帯の番号を入手に成功する。

元アシスタントが弁護士から「『タイムズ』に話すな」と言われた、と連絡を受けてもミーガンは明るい声で「いまはまだ最終的な決断を下さないで」とだけ言いながら関係性を維持する。