受け取れたはずの「300万円」の給付金

首都圏在住の田中遥香さん(仮名・30代)もそのひとりだ。

遥香さんは、昨秋、子宮けいがんと診断され、手術。現在も治療を受けている。これまで2年に1回、自治体の子宮頸がん検診を受けていたが、コロナ禍もあり、5年ほど検診を受けていなかった。若いだけに、もっと早く見つかっていれば、予後が違っていた可能性はある。

遥香さんは独身で一人暮らし、現在無職だ。もともと保育士として10年以上勤務していたが、告知を受けて、すぐに退職してしまったという。

「保育士は、小さなお子さんをお世話しますから、体力も気力も使います。勤務先は人材が慢性的に足りていなくて、術後すぐにフルタイムの復職を求められました。でも、治療をしながら、ハードな勤務を続けられるか自信がなくて……」

保育士と男の子
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遥香さんは、残念そうに現状を話してくれたが、もっとも気にかけているのは、これからの医療費や生活費のことだ。貯金は100万円未満で、賃貸マンションの家賃などを考えれば、かなり心もとない。そこで、がん患者が受けられる公的制度を説明すると、非常に大切なお金を受け取っていないことが判明した。それは「傷病手当金」である。

傷病手当金とは、健康保険など公的医療保険からもらえる所得補償のしくみで、がんを含む病気やケガによる休職中の収入減をカバーできる。

もらえる傷病手当金の額は、1日につき休業開始前1年間の標準報酬月額の3分の2。遥香さんの場合、退職時の月給は約25万円で、約17万円だった。

スタンダードな制度だが、遥香さんはその存在を全然知らなかった。しかも、この傷病手当金は退職しても一定の要件を満たせば受け取れる(最長1年6カ月まで受給でき、遥香さんの場合、総額300万円以上)のだが、退職後に後述する雇用保険(失業手当)をもらう手続きをしたために、傷病手当金は受け取れなくなってしまったのだ。

傷病手当金支給を受けるには「働けない」という医師の証明が必要で、勤務先を休職して受給する場合、ここから社会保険料などを差し引かれるため、丸々手取りになるわけではない。それでも、申請して認められれば、非課税でもらえるお金だ。

傷病手当金が受け取れれば、当然、治療費や生活費の足しにすることができ、貯蓄もそれほど取り崩さずに済む。何より経済的な支援があることで、安心して治療に専念できただろう。

ところが、遥香さんは1円も支給されなかった。なぜなのか。