寺が火事になった時に最優先で持ち出すのは「本尊と過去帳」

寺院において最も気をつけなければならないのが、「過去帳」だ。過去帳とは、菩提ぼだい寺が保管するだん信徒の死亡記録である。故人の俗名や戒名、享年、死亡年月日などが記されている。なかには、死因が記されている場合もある。寺では「火事になった際に最優先で持ち出すのは、本尊と過去帳」と言われるほど、重要なアイテムだ。

過去帳は、江戸時代の寺請制度と同時に全国に普及した。

1638(寛永15)年、日本人全員にたいして寺請証文が作成される。この寺請証文がまとめられて、庄屋のところで台帳にしたのが「宗旨人別改帳」であった。宗旨人別改帳は、今でいう「戸籍」である。宗旨人別改帳も取り扱いには注意が必要だ。

宗門人別改帳と同時に、ムラの寺では過去帳の制作が一般化していく。現在、宗門人別改帳はあまり目にすることはなくなっている一方で、過去帳は火災などで失われたケースを除き、菩提寺に伝わり続けている。過去300年分ほどの一族の記録が、過去帳によって辿れることもある。

よって過去帳は、時に身元調査を手がける探偵社や興信所が開示を求めてくることがある。あるいは、親族らが家系を知るために、菩提寺に閲覧を希望してくる。

だが、過去帳の取り扱いは厳しく制限されている。ほとんどの宗門では、過去帳の閲覧・開示を禁止する旨の通達を各寺院に実施している。それは、江戸時代の「身分」につながる情報が記載されている可能性があるからだ。過去には、過去帳から得た情報によって、就職差別や結婚差別が生まれるといったことがあった。

例えば浄土宗では以下のように住職に指導している。

①税務調査 「税務署からの要請であっても開示は禁止です。守秘義務があり、閲覧させると秘密漏洩罪の対象になります」
②檀信徒ご本人からの依頼 「故人のご親族であっても、過去帳には他人の情報も記載されている等のことから閲覧させることは禁止です。直接住職が口頭又は書写にて伝えてください」
③歴史上の人物調査 「歴史上、学術的な事由であろうとも過去帳を閲覧させることは禁止です。住職が口頭又は書写にて説明ください」

一方で、過去帳は歴史の証言者でもある。「死者の記録」であるゆえに、たとえば、そのデータを辿れば、過去の感染症の流行と終息の様子がつぶさに見て取れる。

鵜飼秀徳『絶滅する「墓」 日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)
鵜飼秀徳『絶滅する「墓」 日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)

具体的には、安政年間のコレラ流行や、大正時代のスペイン風邪流行時など、各地の過去帳に記された死者の数をカウントするだけで、どの地域でどれくらいの期間、感染症が流行し、どれくらいの死者が出たのかがわかる。同様に、過去の戦死者の記録も、貴重な史料といえる。

今回のコロナ禍においても、各寺院の過去帳に記録されたデータが分析できていれば、きっと有益な情報が得られただろう。

情報がいとも簡単に拡散され、悪意の流布がなされる現代社会だ。個人情報管理が、絵馬や卒塔婆供養のような宗教文化へ、少なからず影響を与え始めているのも確かである。

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