専門的な理論と努力で復活を遂げた

APUの学長に復帰するためには、歩行はできなくても、話せることが必須だったからです。この決断に要した時間は、たったの1秒だったそうです。あれこれ悩むのではなく、少しでも可能性のある道に即決するのが出口氏の流儀です。

とはいえ、私の医学知識では、言語中枢に出血や梗塞の起こった言語障害が回復するとは、とても思えませんでした。ところが、出口氏は懸命なリハビリの結果、ほぼ完璧に話せるようになったのです。前向きな姿勢の勝利です。1年後の2022年に、校務に復帰し、APUの入学式で新入生歓迎の挨拶をした出口氏の動画を見て、私は完全にかぶとを脱ぎました。

久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)
久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)

出口氏はただがむしゃらに頑張ったのではなく、専門的かつ先進的な理論の裏付けによるプログラムに取り組んだのでした。まさしく新しい発想によるリハビリです。さらに出口氏は毎日3時間のリハビリのあと、麻痺のない左手で古典を鉛筆でなぞるドリルや、家族の名前を書く「宿題」をこなし、家族に声を出して話しかける「自主トレ」を1日あたり6、7時間も行ったといいますから、まったく頭が下がります。前向きな姿勢と言っても口先だけではなく、実際に猛烈な努力の裏打ちがあったのです。

今も言語障害に悩む人は多いと思いますが、出口氏の成功例は大きな励みとなるでしょう。ただし、回復には相応の準備と努力が必要なこと、そして同じ努力をしても、だれもが必ず回復するわけではないということを、あらかじめ心しておく必要があります。

※出口氏の回復については、講談社現代新書の『復活への底力』に詳しい経過が書かれています。

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