Sカレの変化

もちろん、こうした課題については、僕たちもこれまでの経験から意識していたところではある。本年度のSカレ2012では、企業側と学生側が企画の相談をできる機会を定期的に盛り込み、Sカレ開始時点、中間時点、それからこれまで通り最終報告後の3回、議論ができるようにした。マイナビの場合、中間時点での報告会は大阪・東京の2ヵ所でそれぞれ行ってもらい、各チーム30分以上の質疑を行っていただいた。参加チームは10チームあるから、半日かけてコメントをいただいたことになる。企画の具体的な中身はもとより、ネーミングにまでコメントしてもらったという。大変ありがたい次第であると共に、こうした参加が重要なのだろうと感じる。

ただ一方で、この方法は新たに企業側に負担を強いることも確かである。学生は学生で、これまで以上に企業の意向を汲み取る必要が生じるため、もしかすると彼ら自身がつくりたいと思っていた非凡なアイデアが失われてしまうかもしれない。そんなに細かいところまであれこれいってほしくないと思うかもしれない。

マイナビではこの点についても考えていて、もし非凡なアイデアが最初にあるのであれば、それはそれで何度か話し合う機会を持つことによって、より具体的な形に落とし込んでいけるのではないかという。昨年度2011年のSカレでは、マイナビからみて、とても画期的で面白いが、しかし実際にどう開発すればいいのかわからずに低評価にせざるをえない商品企画がいくつかあったという。こうした商品企画が本当に非凡なものであったとすれば、やはり大事なことは企業側があまりタッチせずに学生やユーザーの自主性に任せるというよりは、適度に介入してコミュニケーションできたほうがいいのだろう。

もちろん、学生やユーザーが企業の意向に依存してしまっても仕方がない。例えば、企業のコメントとしてこれは(技術的に)つくれないよといわれたとしても、すぐに諦めるのではなく、どうしてつくれないのかを改めて考え、その問題を克服する可能性を調べていく必要がある。この点については、後述するネスレの意見として、大事なのは熱意といわれていた。

マイナビのアプリ開発においても、つくってみて初めて見えてくる課題があった。ようするに、一方が完全な知識を持って事業が進めているのではなく、双方が部分的な知識だけ持ちながら開発は進められていくのであり、そこでは相互のコミュニケーションこそが、優れた製品に帰結していくのだと思う。企業側に負担を強いるとすれば、それは翻って、提案する学生や僕たち教員、ユーザーの側にも負担を強いるものでなければなるまい(現実にはなかなかその覚悟ができないので、いろいろと課題が残されるということにはなるけれど)。

オブザベーションよろしく、それを当たり前で冴えない日常だと思えば、なんの問題もなく通り過ぎていく。実際につくっているということ、実際にこの後つくらなければならないであろうこと、こうした当事者意識の存在が、Sカレやユーザー参加型製品開発では大事になってくるといえる。