不況時代の働き方について考えてみよう。「忙しい。人を増やしてほしい」。そんな声が多くの職場で聞かれるが、コスト削減が求められる中で増員など望むべくもない。働き方をどう変えるか。

セブン&アイ・ホールディングスの場合、1980年代から傘下各企業で業務改革委員会(通称・業革)を毎週開催し、常に業務の改革改善に取り組んできた。無駄の少ない仕事ぶりには定評がある。

<strong>鈴木敏文</strong>●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO
鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO

一例をあげれば、売上高約5兆7500億円の規模ながら、広報部員は9名しかいない。大手自動車メーカーでは100名を超える。業態が異なるとはいえ、圧倒的な少なさだ。なぜ、少人数で対応できるのか。それは働く人間の心理を読み解く鈴木流マネジメントが徹底されているからだ。本人が話す。

「人手が多いほうが時間の余裕が生まれ、いい仕事ができると思われがちですが、本当は逆で人数が多いと仕事の質は下がるのです。例えば、広報の場合、常に質の高い情報を発信するため、情報の絞り込みが不可欠です。ところが、人数が多いと粗製濫造になりがちです。質の高くない情報がまじると全体の質が下がる。それを避けるため人数を絞るのです。

なぜ、人数が多いと仕事の質が下がるのか。原因は人間の心理にあります。人間は本来、“善意の生きもの”です。一生懸命仕事をしようとする意欲は誰もが持っている。だから、人数が多いと本当は必要ないような余計な仕事まで始めてしまうのです」

かつてヨーカ堂で労働組合が結成されたときも、鈴木氏は同じ理由で専従の人数は多くしないよう要請した。専従が多いと「善意の発露」として、過剰に組合員の期待感を煽るような発言や行動をしてしまう。それが実現できないと経営や組合執行部への不信感が高まると考えた。鈴木氏が続ける。

「人数が限られれば、限られた時間で仕事をしなければなりません。本質的に重要なことがらを絞り込むようになり、結果、仕事の質が高まります。今回のザ・プライスも6月に発案し、8月末には開業するよう厳命しました。常識外の短期間です。作家も1年かければいい小説が書けるわけではなく、期限が切られることで集中度が高まり、一気に傑作が生まれたりする。それと同じです」

では、限られた時間で仕事をこなすにはどうすればいいのか。

「重要なのは大局を見て小局を整理することです。森を見て、不必要な木を間伐する。忙しくて苦しくなるのは、木ばかり見て、森を見失い、不必要な仕事に追われてしまうからです。今の状態のまま人を増やすとどうなるか。仕事のやり方は温存されるため、新たに人が増えたことで仕事がより細分化され、さらに生産性を下げる悪循環に陥りがちです。人が増えたことが逆に仕事を増やしてしまうのです。

仕事が忙しくて大変だからと、すぐに増員を求めるのではなく、なぜ仕事量が多いのかを考える。安易な増員は本人たちから気づきと成長の機会を奪うことになると考えるべきでしょう」(鈴木氏)

(尾関裕士=撮影)