密漁犯を竹竿で叩き突いて取り押さえたケース
では具体的に、私人逮捕はどこまでが正当で、どこからが違法行為に相当するのでしょうか。ここからは逮捕者が犯人を取り押さえた際に怪我を負わせたとして傷害罪で起訴されたものの、無罪となったケースを見ていきます。
1.1975(昭和50)年4月3日 最高裁判所第一小法廷
問題となった罪名:傷害罪
あわびの密漁犯人を現行犯逮捕するため密漁船を追跡中、同船が停船の呼びかけに応じないばかりでなく、三回にわたり追跡する船に突込んで衝突させたり、ロープを流してスクリューにからませようとしたため、抵抗を排除する目的で、密漁船の操舵者の手足を竹竿で叩き突くなどし、全治約一週間を要する右足背部刺創の傷害を負わせた行為。
社会通念上逮捕をするために必要かつ相当な限度内にとどまるものであり、刑法三五条により罰せられない、とされた。
あわびの密漁犯人を現行犯逮捕するため約三〇分間密漁船を追跡した者の依頼により約三時間にわたり同船の追跡を継続した行為は、適法な現行犯逮捕の行為と認めることができる。
「現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法三五条により罰せられないものと解すべきである」(判決文)
“力ずく”の許容限度は解釈にゆだねられている
犯罪が成立するためには、①構成要件該当、②違法性、③責任のすべてを備える必要があります。私人による現行犯逮捕は、その行為を外形的に捉えると、傷害罪(刑法204条)や、逮捕罪(刑法220条前段)、監禁罪(刑法220条後段)等の①構成要件に該当しますが、適法な現行犯逮捕であれば、正当行為(刑法35条)として、②違法性が阻却されることになり、犯罪が成立しないことになります。
上記判例は、私人による現行犯逮捕が、正当行為(刑法35条)として違法性が阻却され犯罪が成立せず、無罪となった事案です。
ここで、私人による現行犯逮捕が「適法」でなければ、刑法35条の正当行為に当たらないわけですが、適法というためには、逮捕に伴う有形力の行使が逮捕の目的を達成するために必要最小限度でなければならず、不当に過大な有形力の行使は許されません。
私人による現行犯逮捕時の有形力行使の許容限度について定めた規定はなく、もっぱら解釈にゆだねられています。この点に関する判例として、上記のあわび密漁事件の判示が以降のひとつの基準となっています。