ひたすら隠蔽、脅迫で逃れようとし
法廷闘争が始まりますが、一審で異様な行動がありました。普通、訴えられるのは社長と編集長、および氏名不詳の記事の筆者です。その三者が被告人となり、訴状は会社に送達されます。しかし今回は、訴状が自宅に送られてきました。そして、担当デスクである木俣正剛の名前まで被告人に連なっていました。
告訴には慣れっこになっていましたが、自宅に、東京地裁と書かれた分厚い封筒が届くのは気持のいいものではありません。これはその後、ジャニーズの訴訟スタイルとして常態化していきます。この時点でジャニーズ事務所は、性的虐待が犯罪行為であるという認識がなく、組織的な犯罪になるということも深く考えず、ひたすら隠蔽、脅迫で逃れようとしていたことは明白でした。
実は、一審は敗訴したのです。性的虐待の事実の証明がむずかしく、証人も本気で出たがらなかったためです(注 一応少数の証人は出ましたが、子どもですから、あまり積極的で説得力のある証言ではなかったのです)。
ただ、このとき法曹界からは、判決への猛烈な批判が湧き上がったと聞いています。「セクハラを欧米並み、先進国並みに処罰する」という方向に法曹界全体が動いているときに、明らかな被害、しかも少年を対象にした組織ぐるみの性的虐待を認めないのは、時代に逆行する価値観にとらわれた不当な判決だという主張でした。
二審では、被害少年の証言者を集め、しかもついたてで、相手に見えないように被害者を隠すという、裁判史上それまでなかった措置が講じられました。この手法は、その後レイプ事件などで、ビデオ証言などとともに法廷に取り入れられます。裁判での証言は後刻、証言記録として原告、被告双方に開示されますが、ページのほとんどは少年たちのプライバシーが侵されないようにという配慮から、真っ黒に塗りつぶされていたことを覚えています。
二審は、主要部分のほとんどにおいて、文春の主張を認めるという逆転勝訴となりました。
しかしこの判決を、当時の日本の新聞のほとんどが報じませんでした。海外ではニューヨーク・タイムズをはじめ、多くのメディアが扱い、取材申し込みも多数ありました。
リーバイ・ストラウス米国本社から「おぞましい」のコメント
また、文春側は「ベストジーニスト賞」を主催している日本ジーンズ協議会の主要メンバーであるリーバイ・ストラウス・ジャパンの本体である米国本社に、判決の内容を伝えました。受賞者が木村拓哉だったからです。受賞者が所属するジャニーズ事務所についての判決を伝えると、「おぞましい」というコメントが返ってきました。
このときの海外の反応が普通であり、今回のBBC報道を受けて証言者が続出するという現象は、本来この時点で起こるべきことだったのです。この判決を受けて、被害者に民事訴訟を起こすように促すことを考えず、他メディアが後について報じていくことを信じていた私たちが愚かだったという反省は、私を含めチームにもあります。その後も、文春への嫌がらせは続きます。ジャニーズ事務所に言わせれば、文春がジャニーズを攻撃するからだ、となるのですが、「性的虐待という絶対悪」を改善しないままなのですから、書かれても仕方ありません。