独特の歌声がある層の心を掴む
音楽面で言うと、浜崎あゆみのスタイルはわかりやすいダンスポップが中心だ。このあたりはエイベックスのお家芸といっていいだろう。MAX MATSUURAの嗅覚で集められた楽曲は、星野靖彦、木村貴志、菊池一仁、長尾大といった気鋭のクリエイターが手掛けていた。
いずれもテクノやトランスといった“ヴェルファーレ系”のクラブミュージックとの親和性が高く、キャッチーなメロディとシンセサイザー・サウンドで彩られた楽曲群は、当時のJ-POPシーンでは王道であると同時に、R&Bやヒップホップ、ミクスチャーなどが隆盛し始めていた音楽シーンのトレンドとは一線を画していたかもしれない。
ただ、本格的なダンス・サウンドほど尖り過ぎてはいないがそれなりに刺激的な音像は、当時のティーンエイジャーにとってはしっくりくるサウンドだったのだ。
こういったきらびやかなサウンドとは裏腹に、浜崎あゆみの歌声はどこか儚げなのも印象的だった。彼女のキャラクターは、当時からよく言われていたように、自身のことを「あゆは……」と呼ぶような天然系だったし、時には「バカっぽい」などと揶揄されることも多かった。
しかし、いったんマイクの前に立つと、迸るような感情を歌で表現し、そのヒリヒリとした印象はやけに耳に残ったのである。そのあたりのギャップが、とくにティーンエイジャーの女子の心を掴んだと言っていいだろう。
楽曲に通底する深いテーマ
さらに彼女のすごいところは、デビュー当時から基本的にすべての楽曲の作詞を自ら手掛けたことである。MAX MATSUURAに出会うまでは歌詞を書いたこともなく、ましてやペンと紙を手にすることすらなかったというが、彼女の作詞能力は見事である。
他愛のないラブソングから、もっと広い愛や人生までテーマはさまざまであるが、いずれも難しい言葉を使うことなく瑞々しい表現に落とし込んでいる。
しかも、その大半の楽曲に共通するのは、若さ特有の孤独や不安であり、その感情を受け止めながらも前へ向かおうとする静かなるポジティヴマインドの気持ちである。
例えばデビュー作のタイトル曲である「A Song for ××」では、「居場所がなかった 見つからなかった」というフレーズが耳に突き刺さるし、大ヒット・シングル「TO BE」の歌い出しは「誰もが通り過ぎてく 気にも止めない」である。
明らかに彼女の歌の主人公は、ハッピーな“おバカキャラ”でないのが明白であり、どの楽曲を聴いてもこの感覚は通底しているのだ。そして、心が揺れやすい世代の、とりわけ世間からドロップアウト組といわれるような存在の琴線に触れる言葉で彩られているのである。