内定をくれたDeNAから質問「巨人が指名したら?」
アメフト仲間や友人はそれぞれの仕事観でアドバイスしてくれた。仕事はやりたいことを求める場で、会社はお金をくれるクライアントだと割り切って考えたほうがいい、とか尊敬できる人、手ごわいと思える人がその会社にいないと意味がない、と言ってくれる人もいたという。
「アメフトが終わった4年の時ならA社だったと思います」
ただ、プロ野球選手を目指して徳島に行って今の自分に生まれ変わった。やりたいことをずっとやれせてくれるところで成長したい、という原点に返ったという。
DeNAの面接で響いたのが、プロを目指した野球経験者ではあったが、ベイスターズ関連の仕事と結び付けられなかったことだった、という。
「スマホのライブ配信の市場が伸びているので、そのプロダクトをやらないか、と言われました」
野球とは縁遠い分野だ。つまり過去にはこだわらない。むしろ、未来が重要だ、という点を明確に示してくれた。“未来”を念押しされた最終面接でもあった。
「最後に将来のことを聞かれて、何も考えてなかったのでまったく答えられなかったんです。頭が真っ白でした。普通じゃない生き方をしたい、って答えたら、何が普通なのって返ってきて。結局、最後は『わからないです』って正直に言いました」
合格の知らせを受け取って、何を評価してくれたのかあらためて、人事担当者に聞いたそうだ。
「新しいことに恐怖心なく入っていき、適応する時間も早くて、自分が知らないことを素直にさらけ出せるのが君のいいところだ、と。人間としての中身を見ていただいたと感謝しています」
希望部署を聞くと、人事部だという。「周りにはいなくて珍しがられた」と笑う。社員を適材適所に配して生かす仕事。実は会社の命運を握っている核心部だ。
「社員が配属されたところで楽しく仕事ができるか、成功できるか、幸せになれるかを見極める部署」でやりがいがあるという。
自身はアメフト部の時に辞めたいという部員をなだめて引き留めたことがあった。
「でも、やめて他のことに打ち込んだほうが、もっと楽しかったかもしれない。アメフトに残ったことが彼にとって幸せだったかどうかはわからないですよね」
ほんとの幸せのために最善の選択へ導く。人事のプロになれたらと思っている。
野球と離れて、違った職種に飛び込むことになったが、スポーツとしての野球に興味がなくなったわけではない。例えば、チーム編成。ファンに愛される魅力のある強いチームを作ってみたい、という気持ちはある。どういう特徴の選手を補強するか。新人は誰をドラフト指名するか。常勝チームを作るための強化の最上位責任者はプロ野球未経験者ではなかなか、就けないポジションだ。
「僕はプロ野球選手になれなくて夢破れました。パイロットの道も絶たれた。死んでもいいぐらいに燃え尽きた時期もありましたが、A社とDeNAが夢を届けて未来を見せてくれました。夢をあきらめた人、見失ってる人にこんな方法もあるよと教えてあげられるような仕事をしたい」
大学院の修士論文は8月上旬に提出し、9月に卒業式も終えた。基幹理工学部で自然言語処理の研究を行ってきた。論文のタイトルは〈感情分析によるチームの状態の数値化と勝敗の関係〉。
「(徳島)インディゴソックスで選手は日々、日記をつけることになっていました。その中の感情の部分を点数化して試合の勝ち負けなどとの関係を人工知能の技術を使って分析しました」
野球チーム編成や人事考課作業に理系からの視点は新しい味付けになるかもしれない。
後輩の清宮とは今でも行き来がある。
「(以前)日本ハムの入団テストも受けました。落ちちゃいましたが、彼も一言、球団の方に言ってくれたようです」
清宮はプロ野球界でトップを目指している。違えた道だが吉村にももう迷いはない。ただ、こんな質問をある面接でされたときは少し動揺したそうだ。
「巨人に指名されたら?」
行くと思います、と即答したと笑う。顔が緩んだのは一瞬だった。プロのビジネスパーソンになる、という覚悟はできている。(文中敬称略)