素っ気ない発言は意外に大きな影響力を発揮する

一方、少しわかりにくいのは「防御」と「逃避(あるいは無視)」の2つです。

ひとつずつ考えてみましょう。

まず「防御」について。コミュニケーションにおける「防御」って何でしょう。

たとえば本書の習慣9で例示した「それは私の仕事ではありません」という発言は防御にあたります。

周りの人と自分との間に、高い壁を立てるようなイメージが近いかもしれません。「私は無関係である」という意思表示をしているとも言えます。

日本の文化では、謙遜や遠慮を好ましいものと考える傾向があります。しかし、コミュニケーションにおける心理的安全性という観点からは、この「防御」という毒素も「非難」や「侮辱」と同等の破壊力を持っていると考えます。

少し古いお話ではありますが、新作映画の舞台挨拶でマスコミのインタビューを受けたある女優さんが、「印象に残ったシーンは?」との記者からの質問に、「別に」と素っ気なく答えたようすが物議をかもして報道されたことがありました。

これ、「防御」ですよね。

言葉自体は平易なものでしたが、表情や態度を含めると、かなり攻撃性の強い発言として受け取った人も多かったのではないでしょうか。

これは少し極端な例ですが、「防御」は意外に大きな影響力を発揮することがおわかりいただけるのではないかと思います。

既読スルーが強い攻撃性を持つ理由

最後の「逃避(あるいは無視)」。

わかりやすい例は、メールやSNSの「既読スルー」でしょう。自分からの投げかけを無視する相手と、コミュニケーションを続けるのは正直しんどいものです。

最近、私もオンラインでセミナーを開催することが増えてきました。その中で、画面はオフ、マイクはミュートで、姿形も見えず、声も聞こえない参加者の存在が増えてきました。オンラインでのこうした関わり方は「逃避」にあたります。

オンライン会議をする人
写真=iStock.com/PrathanChorruangsak
※写真はイメージです

さらに、こうした方々はセミナーが終了して他の皆さんが退出された後も、ずっとオンライン上に残っていて退出されない……という特徴が共通しています。

つまり、何か他のことを同時にされていて、セミナーの進行をまったく追いかけていない状態なのです。

講師側からすると、こうした方々は声を何も発しなくても、存在感は大きく、そして不気味で、「ああ、無視されているな」と不安に感じたりするものです。

つまり、「逃避(あるいは無視)」も、一見静かでありながら、かなり強い攻撃性を持つのだということです。

この項目の冒頭で登場したTさんを、もう一度思い出してください。

チームの討議の場で意見を求められているのに、「私の意見なんかより、もっと大切な議題があるので、そっちをやってください」と言って、自分の意見を言わないのは、「防御」であり「逃避(あるいは無視)」にあたる行為です。

先ほど説明したように、この2つの毒素も強い攻撃性を持つため、チーム全体の心理的安全性を阻害してしまうのです。