欧米ではどんな薬が治療に使われているのか
この予防的なアプローチの治療において、薬を用いるのか。これもよく聞かれますが、日本の現在の法制度の下では、パラフィリアの治療や性犯罪行為の抑止を目的とした薬の処方はできません。
一方、カナダやアメリカ、イギリスなど海外では既に実施されているところもあります。使用される代表的なものはSSRIという抗うつ薬です。SSRIの効果がみられないようなより深刻な場合は、抗うつ薬にプラスし、MPA(メドロキシプロゲステロン酢酸エステル)やCPA(酢酸シプロテロン)といったホルモン薬剤を、最重度のパラフィリアの人には、さらに黄体ホルモン放出作用剤(LHRHアゴニスト)が投与されます。
ただし治療に薬を使う国においても、使用する薬剤はばらつきがありますし、薬を使うべきか、使うべきではないか、有効性や副作用に関する見方など、いまなお専門家の意見はまとまっているわけではありません。さらに、薬物療法単体でこの問題の解決を目指す医療機関や施設はなく、どの施設においても認知行動療法など、その人の考え方や行動にアプローチする介入と併用して実施されています。
日本で薬物療法が始まっていない理由
そもそも日本で薬物療法が導入されていないのは、解決していない課題がいくつもあるからです。一つは薬物療法を行うことの有効性の評価が難しいということでしょう。薬物が性犯罪行為という行動に対する効果が十分にあるといえるかというと、研究エビデンスでも、専門の実践者の意見にもばらつきがあります。研究によって結果がばらついていて、薬が処方されている国でも議論がまだ残っているものを積極的に承認することはないのではないでしょうか。
また、パラフィリアや性犯罪行為に対する薬物療法の妥当性が十分に担保されていないという面もあります。薬には副作用もありますし侵襲性のあるものです。副作用や侵襲性を超える利益があるということを、医療だけでなく刑事司法制度の面からも保証できるのかというと、簡単には答えは出せません。当然倫理的な問題も生じます。
そういった課題を抱えている現状から、今の日本では薬物療法が導入されていないと考えられます。