医者は患者にどれだけ寄り添っているか

【吉井】居場所。』の中で、お母様を病院で看取った話が印象的でした。大﨑さんが病院の人と会って話をしたいと思うようになったのも、その経験からでしょうか?

【大﨑】母に加えて、嫁のことでぼくは結構、病院に縁があるんです。嫁がずっと入院していて、リハビリもできないほどの状態になりました。ぼくが病室にいると、お医者さんが若い先生や看護師さんと来てくださる。でも、先生たちは1分ぐらい立って見ているだけなんです。

身内の感覚からすれば、どうせ短い時間なんだから、ベッドのところまで行って、手でもさすってあげたらええのにと思っていました。お笑いのチラシを道で配ることがありますよね。(さっと立ち上がり、腕を伸ばして)こうやって通行人の方に渡してもなかなか受け取ってくれない。(腰を屈めて頭下げながら)こうすると受け取ってもらえる確率が高くなる。

お医者さんは忙しくて、考えることが多いのは分かるんです。でも、そんな風でいいのかなと悶々とした思いがあった。

【吉井】その気持ちは分かります。患者さんに寄り添う姿勢や言動が大事であることは先輩医師から学びました。なかでも兵庫県立こども病院の中尾秀人先生に一番影響を受けました。

【大﨑】吉井先生は、小児科医ですものね。

【吉井】はい。小児科の中でも赤ちゃんの病気を専門に診療する新生児科医です。予定日より早く生まれてくる赤ちゃんの出生時に立ち会うことがあります。その小さい赤ちゃんが生まれて泣きだすと、中尾先生は、いつも大きな声で、『おめでとうございます、元気な赤ちゃんや』と、分娩室や手術室に響きわたる大きな声を出しておられた。僕もそれを実行しています。

【大﨑】お母さんは子どもが無事か、を心配している。先生の「おめでとうございます」という声を聞くと安心しますよね。

勉強嫌いでも、生き抜く力を持った「西淀川の虎」

2人で“くじら”のポーズ
撮影=奥田真也
2人で“くじら”のポーズ

【吉井】お母さんは生まれた赤ちゃんをすぐには見ることができないので、出産時は耳がダンボというか、情報源は耳だけなんですよね。若手医師はまだ照れがあるのか、部屋に響き渡るような大きな声ではやってくれませんが。ところで、大﨑さんは(大阪府)堺市生まれです。千船病院のある西淀川区にはどんな印象をお持ちですか?

【大﨑】喧嘩の強そうな若い子がいっぱい、いてるという感じですかね(笑)。昔、知り合いに「西淀川の虎」と呼ばれていたという人がいたんです。その人は、勉強が嫌いだったみたいですけれど、実社会での生きる力、リーダーシップを持っていた。

勉強が出来てお医者さんになる、国会議員になるというのもいいんですけれど、これからの世の中って先が読めないじゃないですか。感染症、自然災害、ロシアの戦争など予想できないことが起こる中で生き抜く力をどう身につけるかって思っているんです。

【吉井】西淀川の虎と呼ばれた方のような、逞しさが必要になるということですよね。

【大﨑】ぼくが地方創生の分野で師事している清水義次さんという方がいます。彼は『民間主導・行政支援の公民連携の教科書』(日経BP)という本も書かれてます。清水さんがいつもおっしゃっているのは、これからの子どもたちの教育において、主要5教科の勉強時間は全体の2割でいい、と。

【吉井】5科目とは英語、国語、数学、理科、社会のことですね。

【大﨑】はい。この5科目はオンラインでもいい。残りの8割の勉強時間は、技能4教科に割く。つまり、音楽、美術、技術家庭、体育。この技能4教科に加えて、道徳を自然の中で学ぶことができれば子どもたちに生きる力が身につくとおっしゃったんです。

ぼくはそれを聞いてその通りだと、目からうろこが落ちた。同じようなことが病院でも出来るのではないかと思うんです。

【吉井】病院が学びの場になると?

【大﨑】病院で子どもがおじいちゃん、おばあちゃんと話をする。お手玉とか竹とんぼの作り方を教えてもらう。そういうコミュニケーションがあると、思春期になって、おじいちゃん、おばあちゃんが臭いとか言わなくなる(笑)。そういう機能が家庭から失われているような気がするんです。

【吉井】千船病院が目指しているのは大﨑さんのおっしゃっている方向性と近いかもしれません。千船病院は昨年8月に〈活気があり、笑顔にあふれ、常に進化するまちの実現〉を目指して、西淀川区と包括連携協定を結びました。

福ハッピーフェスタという祭りを年に3回ほど開いて、地元の吹奏楽団に来てもらったりしています。幅広い年代の人たちに病院に集まってもらいたいと考えているんです。