EUの補助金はOK、中国はNG
一方、生産から輸送、販売までの炭素排出量が少ないEVに関しては、手厚い購入補助金が交付される。これはすなわち、原子力発電や再エネ発電による電力を用いて生産されたEU製、さらにフランス製のEVであればあるほど、多額の購入補助金が交付されることを意味する。これは露骨な国内市場保護策といっても差し支えないだろう。
同様の動きは、EUの各国で広がると予想される。EUはそもそも、自由で開かれた市場での平等な競争を重視する。そして、中国が中国の自動車メーカーに対して補助金を交付し、ヨーロッパ市場で不当廉売を仕掛けているとEUは抗議している。しかし、そのEUこそが、露骨な国内市場保護策を採用しているという矛盾は看過できない。
EUに中国を批判する資格があるのか
米国のバイデン政権もインフレ抑制法(IRA)の下で国産EVの優遇を図り、国内市場保護に努めている。トランプ前政権も国内市場保護策を重視しており、その意味で国内市場保護策は世界的なトレンドだといえる。そうしたトレンドにEUも加わったといえばそれまでだが、そのEUに不当廉売を理由に中国を批判する資格はあるだろうか。
EUは脱炭素化戦略の手段として、EVシフトを位置付けた。同時に、各国に先駆けたEVシフトでEVの技術覇権を掌握し、国内市場を保護しようとも努めている。手段を限定することで、EUに脱炭素化以外にも多くの利益が及ぶよう誘導しているわけだが、そうであるがゆえにEVシフトという「手段」が「目的化」する事態に陥っている。
こうした性格のため、高い目標を掲げたEUのEVシフトは、現実的な目標への修正が進みにくく、修正されるにしても時間を要する。それに比べると、EUから離脱した英国の場合、国内に民族系の自動車メーカーがないという「利点」もあり、EVシフトの目標を現実的な方向に修正するだけの臨機応変さを持っているといえそうだ。
EVシフトの修正が英国ではじまった
その英国のリシ・スナク首相は9月20日、英国のガソリンおよびディーゼル車の新車販売禁止を、2030年から2035年まで遅らせる計画を明らかにした。EUと目標の平仄を合わせただけともいえるが、同時にスナク首相は、EVシフトに当たっては、政府の介入よりも消費者の選択を優先すべきであるという重いメッセージを発している。
もちろん、英国内にも、環境重視派を中心にスナク首相の方針転換に対して批判の声が高まっている。とはいえこの事例は、27の主権国家を抱えるがゆえに方針転換に時間を要するEUに比べて、英国が決断を早く下すことができることの好例といえよう。ヨーロッパでEVシフトの修正が進むとしたら、EUよりも英国で先行するだろう。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)