正しいビジョンでチームを軌道に乗せる
柳井正に話を戻そう。彼は、現実的なビジョンを設定した。世界のリーダーになるという大きな野望を抱いてはいたが、そのビジョンは焦点が定まっていた。正は自社ブランドを立ち上げるにあたって、最高級のスタイリッシュなデザインを模倣しようとはしなかった。それは、日本で父親から引き継いだ初めての事業を失敗させた青年にとって、現実的なアイデアではなかったのだろう。
正は、自分の技量に合った仕事をした。良識あるデザインと高い品質を重視した、基本に忠実な服づくりをしたのだ。それを土台にして事業を構築し、変革させ、さらに発展させていった。そのビジョンはスマートで、計画は整然としていて、経営は論理的だった。現在のユニクロを見れば、彼のビジョンが正しかったことがよくわかる。
ファストファッションのビジネスとイングランド代表のラグビーを比較するのは馬鹿げていると思うかもしれない。しかし2015年、母国開催のワールドカップでグループステージ敗退という屈辱を味わった後、私はイングランドにも柳井正の現実的かつ徹底したアプローチを模倣する必要があると思った。
イングランド・プレミアシップのクラブでの選手たちのプレーを見れば、イングランドのラグビーがどんなものかがよくわかる。決して華麗で魅力的なラグビーではないが、熾烈で、伝統的で、容赦のないタフなラグビーだ。イングランドの選手はこうしたラグビーが身体に染みついている。だから、ニュージーランド代表のように国際試合で手を緩めてプレーしたりはしない。
あくまでチームの指導と結束に集中
重要なのは、正しいビジョンを示してイングランド代表を再び軌道に乗せることだった。イングランドラグビーの真の価値観に根ざしたスタイルでプレーし、2019年のワールドカップで優勝を目指す――。我々はこのビジョンにあと一歩まで近づいた。目標が明確だったことが大いに役立った。私は、低迷した組織を引き継ぐ者が陥りがちな失敗も避けることができた。
新任のヘッドコーチやCEOは、前任者のクビが飛んだ原因となった問題をすべて解決しようとしがちだ。しかし私は、イングランドラグビーの分裂の中心部に横たわる根深い問題には立ち入らないようにした。クラブと国のあいだの混乱を整理しようともしなかった。イングランド代表チームの指導に集中し、彼らを結束させることに全精力を注いだのだ。