父の事業を失敗させた柳井が描いた壮大な夢

正の父親は西日本の都市で衣料品を取り扱う会社を経営していた。正が父親から会社を引き継ぐと、経営は数週間で大混乱に陥った。正が生意気だという理由で、従業員が皆辞めてしまったのだ。正には意欲と理想があった。

だが、彼が直接私に話してくれたように、当時は気遣いや他人と一緒に仕事をするための基本的な能力を持ち合わせていなかった。正は、父親が築き上げてきたものを刷新し、まったく新しい会社に生まれ変わらせようとした。けれども、それはうまくいかなかった。

正はいったん頭を冷やし、じっくりと考えた。次第に、父が築いた地道な商売をいたずらに改造しようとするのではなく、自分が目指す衣料品店を立ち上げるべきだということがはっきりしてきた。闇雲にビジネスに取り組もうとせず、時間をかけて構想を練るべきだとも考えるようになった。

正の夢は、世界一のカジュアル衣料メーカーをつくることだった。父親から引き継いだ小さな会社を大失敗させた青年が、ファストファッション市場を席巻する、小売業分野の世界的な企業の経営者になりたいという壮大な夢を描いたのだ。

ビジョンを思い描いた後は、ありったけのエネルギーと冒険心でその実現に向かった。1984年、広島にユニクロの1号店をオープン。店は大成功し、正は国内の工場をいくつも買収し始めた。夢の実現のために積極的に行動し続け、ユニクロをチェーン店化するのにそう時間はかからなかった。

イングランドHC時に打ち立てた大きなビジョン

正によれば、この時期に人にものを教える方法や、人を導く方法を学んだという。当初は独裁的なリーダーだったが、様々な教訓を学ぶうちに、従業員に裁量を持たせる経営者に変わっていった。ただし、正も従業員も、世界最大のカジュアル衣料ブランドになるというビジョンは常に忘れなかった。その夢は実現しつつある。

ユニクロは現在、ファストファッション界で世界3位のブランドになっている。その先を行くのはスペインのZARAとスウェーデンのH&Mだけだ。

ニューヨーク市のユニクロストア
写真=iStock.com/carterdayne
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私は、2019年11月下旬にイングランド代表のビジョンを構想する際、正の大胆なビジョンや、勇気、行動力を思い浮かべた。これから4年間の挑戦で、正を見習い、自分たちができることには限りはないという信念を持ちたいと思った。イングランド代表にとって、かつてないほどに大きなビジョンを描きたかった――ラグビーが盛んで、野心が大きすぎると疑いの目を向けられがちなこの国で。