「迷惑をかけて助けてもらった分だけ、誰かにお返ししていこう」
いろいろ調べてみると、このような言い方自体を戒めている意見があることもわかりました。二〇二一年に出版された坪田信貴氏の『「人に迷惑をかけるな」と言ってはいけない』(SB新書)という著作では、その弊害がわかりやすく指摘されています。
著者は教育のプロですから、ここでは子育てにおける言葉の使い方を論じています。そもそも人は迷惑をかけずに生きていけるわけがありません。そうであるならば「迷惑をかけて助けてもらった分だけ、誰かにお返ししていこう」という発想の転換をすべきではないかと述べています。
また、インドや北米の例と比較して、「人に迷惑をかけるな」という躾が、日本の特徴であると指摘しています。
私も語学に堪能な数名に訊ねたのですが、「人に迷惑をかけるな」という言葉にぴったりくる英語の表現はなかなか難しいと言います。「余計なことして邪魔するなよ」とか、「邪魔してごめんね」という言い方は普通にあります。しかし、日本では行動を制限するようなニュアンスで「迷惑をかけるな」が使われます。これは前掲書では「消極的道徳」と言われていることですが、どうやら日本以外ではそういう発想自体が希薄なのでしょう。
この国からイーロン・マスクは出てこない
そう考えて海外の目立つ経営者を見ていると、そもそも「迷惑をかける」という概念がないんだろうなと思います。二〇二二年の後半からツイッター社の買収で話題になったイーロン・マスクなどはその典型でしょう。
「お行儀が悪い」などと言っているうちに、世の中はどんどん変わっていきます。「迷惑をかけない」が日本人の国民性なのか、またそういう文化が他国にもあるかは、まだハッキリとはわかりません。
ただし、一つ思うことがあります。日本は戦後のある時期までは「迷惑をかけるな」という規範でやっていても、そこそこうまくいったのではないでしょうか。しかし、さまざまな国の人々と仕事をして競っていく中では、その発想を変える時が来ているように思います。
そういうことを考えている時に、ちょっとした「古文書」に面白いことが書かれていることに気づきました。
40年前の雑誌を見ていて気付いたこと
その古文書の名前は『金魂巻』(主婦の友社)です。一定以上の年代の人にとっては懐かしい本ですし、若い人にとってはまさに古文書かもしれません。「渡辺和博とタラコプロダクション」によるイラスト満載のこの本が出たのは一九八四年のことでした。
さまざまな職業を、「金持ち」と「ビンボー」に二分したイラスト図鑑というような体裁です。そして、本の中では金持ちを「マル金」、ビンボーを「マルビ」と、○に文字を入れたロゴタイプで表現しましたが、このざっくりした二分法がうけました。ちなみに、この言葉は一九八四年の第一回新語・流行語大賞で流行語部門・金賞を受賞しています(以下本書では[金][ビ]と表現します)。