学業成績は家庭環境の影響が顕著にあらわれる
学業成績のデータは、日本のものはやや古いのですが、1960年代後半に副島羊吉郎が佐賀県下の双生児(小学生270組、中学生195組)に対して行った学業成績調査によるもので(*2)、遺伝の影響は小学生のときが25%から55%であるのに対して、中学生では14%から40%と全体として少なくなり、逆に共有環境の影響が小学生のときより中学生のときの方が大きくなります。
小学生、中学生ともに、算数・数学や理科のような理数系の遺伝率が低いのも特徴的です。一見、もっとも地頭の良さが効いてきそうな科目ですが、これらの科目の勉強に力を入れる程度の差が家ごとに、他の科目より大きいことがうかがえます。
また、アメリカは1970年代(*3)、またイギリスは2000年代(*4)と時代が異なる研究なので、単純に比較はできませんが、イギリスの方がアメリカより遺伝の影響が大きい傾向があるようです。
家庭間の階級差の大きな、だから共有環境の影響がアメリカよりも大きそうなイギリスですが、人種のるつぼといわれる大都会ロンドンに象徴されるように、階級差も実は遺伝的な差が反映されているのかもしれません。そして何にもまして日本は家庭環境の差がしばしば遺伝をしのぐ影響力を示している可能性があることは興味深い結果です。
このように知能や学業成績の個人差には共有環境、つまり親の育て方や家庭環境の違いが顕著にあらわれるという点できわめて重要です。共有環境の影響があるということは、とりもなおさず、子どもたちが与えられている環境を使って学習しているということです。
(*2)副島羊吉郎(1972)「学業成績における遺伝の影響 双生児法による」『心理学研究』43巻2号、68-75頁。
(*3)Loehlin, J.C., Nichols, R.C.(1976)Heredity, environment, and personality, University of Texas Press.
(*4)Kovas, Y., Haworth, C.M., Dale, P.S., Plomin, R.(2007)The genetic and environmental origins of learning abilities and disabilities in the early school years, Monograph of Socical Research in Child Development, 72(3):vii, 1-144. doi:10.1111/j.1540-5834.2007.00439.x.
パーソナリティの違いも学力に影響している
知識や技能を学ぶための素材や機会が与えられるようなものは、このように共有環境の影響が見られ、学習によって脳の構造やネットワークのつながりが累積的に変化することによって生じます。これは次のパーソナリティや精神疾患や発達障害と大きく異なる特徴です。
親や家庭によって与えられた学習するための環境の影響があらわれているという意味で、知能や学業成績には親の出番と責任は少なくないといえます。それでもやはり遺伝要因は20%から多い場合は50%を超えることもあり、無視できません。親が頑張って最良の教育環境をつくってあげればあげるほど、それに応えようとする、あるいは逆らおうとする子どもの遺伝的素質が浮き彫りになってくるともいえます。
学力の個人差に遺伝の影響があるということは、学校の勉強に対しての向き不向き、教科に対する好き嫌い、学校の雰囲気へのなじみやすさや先生との相性、集中力や勤勉性のようなパーソナリティの違い、さらには教科書やノートの質感や給食のスプーンの材質といった、一見些細な、しかし教科や学校へのなじみやすさにかかわる個人差が、子どもの側にもともとあるということです。そしてそれは、親からランダムに与えられた遺伝子の組み合わせによっています。