ある会社の元社長も、よかれと思って動いた子どもたちによって、人生の楽しみを奪われてしまった。

元社長に少し物忘れが出始めた。夫人に先立たれたということもあり、子どもたちは父を超高級な介護付き有料老人ホームに入れた。

入居一時金数千万円、月額費用80万円。ホームの隣にクリニックがあり、いつ体調を崩してもすぐ駆けつけてもらえる。毎食、高級レストランと見まがうような豪華な料理が供される。

実に贅沢な暮らしのはずだが、元社長はすぐに出たいと言い出した。子どもたちに毎日何十回も電話をかけ、家に帰りたいと訴えた。「50年住み慣れた家で、証券会社相手に株取引をやりたい」と。子どもたちは「これだけ金を使って贅沢をしているんだから、わがままを言わないで」と言い、挙げ句の果てに親から携帯電話を取り上げてしまった。何一つ不自由のない超豪華老人ホームで、元社長は生き甲斐を失ったまま晩年を過ごしている。

【失敗4】老母を入浴させる、排泄を手伝おうとする

親への感謝の気持ちから、介護に熱を込める人がいる。「母が私にしてくれたように、今度は私が母の世話をしてあげる番」と。

「それが親孝行だと思っている人が多いのですが、親としては子どもにやってもらいたくないこともあるのです」(川内さん)

たとえば母の入浴を息子が介助することは、避けたい。認知症が進んでも、羞恥心や自尊心はそのまま保っている人が多いのだ。息子の前で裸をさらしたい母はいない。素直にヘルパーに任せるべきだが、愛情と使命感の強い息子ほど、自分でやりたがる。

また介護のプロによると、高齢者を入浴させる際にはいろいろやるべきことがあり、その点からもプロのヘルパーに任せたほうがいいという。

入浴前にバイタルチェックをして、血圧、脈拍を計る。皮膚の水分量を視認・触診する。皮膚に赤みや腫れがないか確認する。ヒートショック対策は万全かなどなど。入浴介助をきちんとやろうと思えば、なかなか素人の手に負えるものではないのだ。

入浴以上に親が子に手伝ってもらいたくないのが、排泄だ。便の状況の観察も必要なので、やはりこれもヘルパーを頼ったほうがいい。

「介護する側の子ども、特に男性は、大好きな親ができて当たり前のことができない姿を見ると、悲しくなり、つい怒ったり、きつい言葉をかけてしまうんです。それが入浴や排泄といった場面で出ると、親は深く傷ついてしまいます」(川内さん)

介護の目標は、自分がどんなに頑張るかではない。親との関係性をどう維持して、相互に寄り添っていくかであることを理解すべきだ。

子が「親孝行だと思うこと」を親が望んでいるとは限らない