介護離職は極力避けるべきだというのは、「自分らしい生き方を支援する会」代表の蔵持信朗さん。

「平均寿命と健康寿命との差は、男性で約9年、女性で約13年。これが介護期間だという報道がされています。介護がそんなに長く続くのなら、自分が退職して面倒をみないといけないと思いつめてしまう方がいますが、介護期間は、実は平均で5年程度です。この数字を知れば、『少しの間だから、今はきついけれども仕事を辞めずに頑張ろう』と思えるのではないでしょうか」(蔵持さん)

介護期間の平均は5年1カ月、この期間のために仕事を辞めるべきか

介護の期間の平均は5年1カ月

生命保険文化センターの21年度調査によると、介護の期間の平均は5年1カ月。「5年経つと、ケアマネジャーが担当している利用者リストがほぼ入れ替わる印象ですので、妥当な数字だと思います」(蔵持さん)。5年のために、安定した会社員人生を捨てていいものか。介護の現場を知る人たちから、実際に介護離職をした場合の例を紹介してもらった。

夫に先立たれた高齢女性は認知機能の低下もあって、住んでいた築70年の一戸建てはゴミ屋敷に。くわえてその女性は糖尿病も患っていたため、見るに見かねた長男が、公務員の職を辞して母親の住む地域に移住(実家で同居したかったのだが、あまりの量のゴミのために住むことができず、近くにアパートを借りた)してきた。要介護認定の申請を出し、要介護1の認定が出た。

ヘルパーが来てくれ、デイサービスの利用も始まり安心したので、息子はゴミ屋敷の片づけを担当したうえで職を探したが、希望する条件での採用はなく、不本意ながらパートで働くようになった。だが、低い年収などから仕事人としてのプライドを保てないこともあってか、介護者である息子のストレスが増大。

息子は献身的にインスリン注射を打とうとしたが、母親が嫌がる。「自分は仕事を捨ててまで介護しているというのに」という思いが強いため、言うことを聞かない母親との言い争いが続いた。母親の認知機能と体調は悪くなっていったが、息子はその事実を受け入れることができない。

2人の間で穏やかな時間が流れることはないまま、母親は亡くなった。介護期間は2年半だった。

また、経済的困窮から老親に供与すべきものを満足に与えることができない人もいる。尿漏れパッドやおむつの購入を控え、ペット用シートを切って代用する人もいるという。

こういう例もある。母親が「夏になった。ウナギを食べたい」とせがんだところ、「贅沢言うんじゃない。どれだけ生活を切り詰めているのかわかってるのか」と怒鳴った息子がいた。

実際に経済的な余裕がないことはもちろん、貯金がどんどん減っていくことによる介護者の精神的消耗も著しい。老親のちょっとした一言に対して、「贅沢言うな」とキレてしまうのだ。

母親はその後1度もウナギを食べることなく、亡くなってしまった。

子はそのときの言葉を深く後悔しているそうだ。「あれがもしかしたら、ウナギを食べる最後のチャンスだったかもしれない。なのに俺は……」と。

蔵持さんはこう言う。

「介護期間をしんどいと思うのではなく、親と過ごせるのはあと5年しかないととらえ、思い出に残る豊かな時間を送れるよう、時間も労力も費やしてほしいと思います。その意味でも精神的金銭的余裕が必要なのです」