「課題は『ニンジンを買う』ではなくて、『不要なニンジンを買いすぎ家計を逼迫させる』『古いニンジンを食べて体調を崩す』の2点なんです。前者は行きつけの八百屋に依頼し、一日に〇回以上買いに来たら『今日はすでに買いに来られたから大丈夫ですよ』と声をかけてもらうことで解決。後者は、ヘルパーに冷蔵庫の点検と片づけをしてもらうことで防げました」

老人には老人の楽しみがあり、モチベーションがある。子どもからすれば取るに足らない行為に映っても、本人にとっては重要。それを奪うと生き甲斐を奪うことになり、認知症が進んでしまう可能性が高いことを知る必要がある。楽しみを奪ってはいけないのだ。

ある高齢女性は、自宅の縁側に座って外を見るのが好きだった。彼女はある日、転んでしまった。その際ヘルパーに「転んだことは絶対に息子には内緒にしてほしい」と必死に懇願した。理由を聞くと「施設に入れられてしまうから」と。ヘルパーはさらに尋ねてみた。なぜ自宅を出たくないのか?

その高齢女性は、縁側から見える橋を眺めるのが好きだった。橋は通学路なのだろう。近所の小学生が登下校する姿が見える。彼女は、毎日登下校の様子を見ることで、小学生たちを見守っているという意識を持っており、それが生き甲斐だった。転倒を防ぐことよりそちらが大切なのだ。

「リスク回避の優先は、介護者側の価値観を押し付けるだけということに気づいてください」(川内さん)

【失敗3】金をかければかけるほど安心だと思い込む

介護保険制度を利用することはとても有意義だが、制度には当然のごとく制約もある。それを理解しないで無理無体なことを要求する介護者が多い。川内さんが説明する。

「時々『母親を転ばせないようなヘルパーを寄こせ』と要求する方がいらっしゃいます。でも24時間365日、転ばないようにみるなんてことは無理。社会保障費でフォローはできません。『できません』と言った瞬間、『だめだ、行政は使えない』と言い出し、自分でやろうとするんです」

もっとも、自分でみるのではなく、24時間365日、面倒をみるヘルパーを雇う人もいるという。ざっと毎月100万円の経費を払って。

しかし、至れり尽くせりの体制を敷いたがために、母親の体は弱り、前向きさもなくなってしまったという。

家事はすべてヘルパーが行い、母は終日、ベッドに横になるか椅子に座ってボーッとするだけの生活が始まった。当然、母の筋力は落ちていった。のみならず彼女はもともと家事が大好きだったのに、それを取り上げられたことで、生きる楽しみもなくなった。認知症の進行が早くなっていったのも、家事を取り上げてしまったことと無関係とは言えないだろう。最高に贅沢な在宅介護で、たしかに転倒危機は防げた。しかし母親の側に立てば、老化が進んだうえ、人生最後の時期になんら楽しみのない生活を強いられたのである。