積極的に狂っていくことは戦略上有効である

理由は複数ある。まず間違いなく私の負けはないと予想していたこと。仮に控訴されたらSNSなどで発信し、会社に少しでもダメージを与えようと企んでいたこと。判決(復職)後は社内で腫れ物扱いをされ、出世コースを外れた窓際社員になることは既定路線だろうが、楽な仕事をこなしながら定年まで給料を貰い続けることができると思えばそれほど悪くないと考えていたこと……。

このように交渉事において、モンスター社員を演じることは自身に有利に働く。普通はクビにされた会社に戻りたい社員など考えづらい。だからこそ、復職を振りかざせば相手に恐怖を与えることができる。吉田松陰は「狂え」という名言を残しているが、現代社会においても積極的に狂っていくことは戦略上有効ではないだろうか。

前述したBATNAに加え、2回目の裁判では新たに「アンカリング」と呼ばれる心理学を応用した戦略を使った。具体的には高めの和解金額を要求することで、相手の意識(目線)を少しでも高いところに位置づけさせるというものだ。

そもそもアンカーとは船のいかりのことである。錨を海中に突き刺すと、船は前後左右に多少は動くが、大きく動くことはない。これは人間心理も同じ。アンカーを突き刺した場所が無意識の内に「基準」となる。

モンスター社員を復職させたらどうなるか…

また、そもそも和解とは基本的に「譲歩」を求められるのが普通である。例えば原告は和解金として1000万円、被告は500万円を提示してきた場合、裁判官と弁護士からは500万~1000万円の間で決着することが求められるだろう。譲歩を求められる以上、満額獲得は難しい。だが、初めから希望よりも相当高い1億円を提示すればどうだろうか。

当然、1億円では相手が首を縦に振ることはないだろう。だが徐々に金額を下げていき、「じゃあ1000万円でいいですよ」と再提示した場合、9000万円も譲歩していることに状況が上書きされる。人間は好意に好意で応えたくなる返報性の法則が働くが、譲歩も好意の一種であるため、これを全力で拒否するのは難しく感じてしまう心理が働く。結果、希望金額を獲得できる確率は高まるというわけだ。

次に重要なのは、判決で解雇が無効となった場合、従業員を復職させればどのような未来が待ち受けるか、会社にイメージしてもらうことだ。私は本気で復職を考えていたので、判決間近のタイミングで「復職後はこのような行動をします」と会社側に伝えることにした。下記がその一部だ。