「判決」のカードを捨ててしまうのはもったいない

勘のいい方はお気付きかもしれないが、ここが交渉術のキーポイントだ。私はどちらの裁判でも「和解が決裂しても別に困らない。なぜなら判決で決着すればいいから」という代替案があった。この次善策を専門用語でBATNAと呼ぶ。

BATNA(Best Alternative To Negotiated Agreement)。直訳すると、交渉が成立しなかった場合の担保となる策だ。交渉は強いBATNAを持っているほうが勝つ。後述するが、会社側は判決ではなく絶対に和解で決着したい社内事情があったとみられる。つまり会社側はBATNAを持っておらず、私の言いなりになるしか道がなかったのだ。

これは私が弁護士から実際に言われた言葉なのだが、どんな判決が出るかは蓋を開けてみなければわからない。判決後に控訴されるリスクもある。これらの事情もあり、大半の労働者は白黒ハッキリさせる判決ではなく和解の道を選ぶ。

裁判所が公表している令和2年度の資料によると、労働裁判は和解60.7%、判決23.7%、取り下げ11.2%、その他4.4%の割合で決着している。

だが、性格の悪い私は、どうせ和解になるからといって「判決」のカードを捨ててしまうのはもったいないと考えている。なぜならそのカードは相手にとって、大変に強力で迷惑なカードになる可能性が高いからだ。

机の上に木槌を置いて、書類を確認する裁判官
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「担保」はハッタリでは意味がない

会社側の立場になって考えるとイメージしやすい。もし判決に持ち込まれて敗訴した場合、会社のメンツは丸つぶれ。法的に誤った判断を下した(しかも裁判にまで持ち込まれ、そして負けた)という事実は、敗訴の記録として公的に残るため、会社の一生の傷になるリスクがある。社内外からの信用失墜は避けられないだろう。当然、誰かが責任を取る必要も生まれる。

つまり、会社側からすると判決はリスクが高過ぎる。敗訴濃厚であればなおさら、何が何でも絶対に和解で終わらせたいはずだと私は冷静に読み切っていた。

このように、相手にとって何が嫌なのかを把握した上で「そこ」をBATNAで突くことができれば、交渉を有利に進めることができる。だから私は人生2回目の裁判で「賠償金として4000万円を支払うなら和解する。支払わないなら判決で構わない」と終始一貫して強気に主張し続けた。

ただしBATNAはハッタリでは意味がないので注意しよう。中身が伴ってこそ相手にとっての脅威になるし、自分にとっての保険になる。要は、本気度が大切になってくる。実際、誇張ではなく私は、和解だろうが判決(復職)だろうが、どちらでもいいと考えていた。