マーケティング発想で考える音楽ビジネスの価値分析
著作権を中心としたパッケージ型の音楽ビジネスにおいてデジタルにより無料の音楽が拡散することに対する恐れはとても大きい。P2Pのナップスターの登場の時は大騒動になったことを覚えている人も多いだろう。しかし、マーケティング発想で考えればそもそも無料で音楽を楽しむことはそれほど悪いことではないかも知れない。現在の音楽ビジネスの考え方は
音楽ビジネス=CD売上+ライブ売上+メディアへのアーティスト出演料+α
であるが、マーケティング発想で考えると
音楽市場=音楽を好きな人が1年間に使うお金=音楽好きな人の数×多様なサービスの対価
と定義できる。つまり大事なのは「音楽好きな人の数」を増やすことである。
しかし、今の状況はマーケティング的には昔ながらのアーティストかジャニーズにはまる女子高生やオタクアイドル好きのセグメントに依存している状況で、昔音楽を好きだった人を呼び戻す努力や新しく音楽に興味を持たせる努力を企業としてどこまでしているかは疑問である。相変わらずプロダクトアウトでアーティストを発掘してミリオンセラー出してくれるのを待つという供給側論理が中心なのではないだろうか。
我々が若い頃はみんな音楽が大好きだった。しかし自分のお小遣いは足りないため、本当に大好きなアーティストだけレコードを買い、あとは友達にテープへのダビングを頼み、夜中までおきてFMエアチェックをしたりなどしていた。音楽好きであればあるほど自分の音楽コレクションの中で、お金を払って買ったレコードの比率が少ないということさえあった。つまり音楽好きこそラジオやダビングテープなど無料の音楽をたくさん聴いている層だったということになる。
音楽ビジネスの価値を分解すると以下に整理できる。
1)アーティスト価値
AKBの成功はこのアーティストの価値を再設計したことにあるだろう。自分が応援するサポーター気分を盛り上げることだ。昔からライブハウスでは未来のスターを発見して応援するという文化が存在していたが、それを商業ビジネスに変換した秋元康氏はやはり凄い。またかつてはアーティストそのものの生き方に憧れる人が多かった。そのためアーティストが出すレコードは全て買うという買い方をしていた人も多かった。アーティストを好きだからお金を払うのでアイドルとの相性が良いモデルであることは間違い無い。ビジネスモデルとしてはアーティストを応援するためにファンドを組成し、投資をしてもらうという考え方から、ファンクラブの会費のように毎月定額を徴収するというモデルも成り立つだろう。デジタルコミュニケーションによる参加意識と深いコミュニケーションを実現することも鍵となる。
2)コンテンツ価値
アーティストそのものへの関心が薄れる中でも、曲のよさを求める人は多い。その曲が好きだからという理由で購入する人は多い。最近多い海外を含めたオーディション番組で発掘されたアーティストはそのサクセスストーリーそのものがコンテンツになっていると言えるかも知れない。ブームとして曲が売れるのもこの流れである。しかしもはや、音楽コンテンツも溢れ、価値観も多様性になっている現代では誰もが知っているヒット曲も生まれにくく、どのコンテンツが良いのか、一人一人の判断を難しくしている状況もある。初音ミクとニコニコ動画の組み合わせのように、ソーシャルメディアを活かした形でみんなで創り上げているコンテンツという考え方も広がりを見せる可能性もある。ここはあくまでもコンテンツに対して対価を払うというビジネスモデルが引き続き基本になるのだろう。
3)コンテクスト価値
最近のラウンジミュージックなどでは曲のタイトルも知らない、アーティストも知らないという人も多い。大事なのはその一連の音楽が流れる世界に自分を置くことが重要な価値である。こうなるとコンテンツの価値ではなく音楽全体を通じてのコンテクスト価値ということになる。つまり自分にとっては素敵な空間、居心地のよさ、癒される、昔流行った音楽に触れることで懐かしいというノスタルジーが得られるなどの価値である。筆者の世代では彼女とドライブの時のための鉄板セレクトテープを編集して作った人が多かったが、これは「女の子にドライブでもてるため」という重要なコンテクストが存在していた。そしてこうした価値は1曲いくらではなく、女子にもてるとか癒されたいための価値であるので、高い対価を払う可能性がある価値である。
このように分析するとこれからの時代重要なのは1)と3)の価値であろう。そして大事なのはその価値は人によってバラバラであるということである。大道芸人が最後にお金を集める時は定価など無い。自分で価値を判断してお金を払う。もちろんそのまま払わないで去ってしまう人もそれなりにいる。しかし、感動した人は1万円だって払ってしまう。そもそも音楽はそのように一物多価である。しかし大道芸人では広げることはできなかったのをレコードという工業製品にし、定価をつけることで、世界中に音楽を流通させ、人々が好きなときに好きな音楽を聴けるようになったことは革命であった。しかし、その革命は次のステップに来ている。今やデジタルテクノロジーを使うことでもう一度昔の大道芸人モデルを実現することが可能である。誰もが自分の音楽を世界中に配信し、それを販売することが可能になっている。
そうした時代にはマーケティング視点で、「どんなターゲットにどんな価値を与えてどのように対価をとるか」という考え方が重要だ。そのために著作権が必要なら使えばいいし、邪魔になるなら緩和した方がよい。大事なのは著作権ありきのコンテンツビジネスを展開するのではなく、価値を最大化するビジネスモデルを生み出すことだ。レストランやヒーリングサロンが音楽を販売してもよいだろう。スターバックスがCDを販売したりすることはとても正しい流れだ。子供向けの音楽をCDショップで売ることが果たして正しいのだろうか。また今どんな音楽を自分が聴くべきか、アドバイスしてくれるコンシュルジュも重要だ。ネットを使えば、リコメンド技術でも可能であるし、スマートテレビやタブレット端末が普及する時の音楽の聴き方は劇的に変わるだろう。CDショップなどでは、もっとカウンターを設置し、コーヒーでも飲みながら相談できるコーナーを作るべきだろう。今や店頭POPも重要なメディアであるが、もう一歩踏み込んで人間との対話でもニーズはあると思う。
その場合重要なのは再販制度のような工業製品としての価格を縛ることをやめ、価格としての自由度を生み出すことである。優秀なコンシュルジュであれば高いサービス料をとれるぐらいのビジネスモデルの幅をもたせることも大事だろう。オペラやクラッシックの世界ではそもそも音楽はお金がかかる趣味だと考えている人もたくさんいる市場である。ワインの値段が必ず3000円と決まっていたらソムリエという職業は恐らく成り立たない。私たちは高級レストランでのワイン代はワインのお金だけではなく、ソムリエへのサービス料を払っているのである。音楽に関わる人々がそのサービス料をとれるようになることで音楽市場そのものの規模が広がることになるのだろう。世界中で音楽を嫌いな人は少ない。それだけでもまだまだ十分チャンスのある市場だと見るべきではないだろうか。